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2006年8月

ブーランジェリー ジャン・フランソワ

 
表参道のエチカにある
「ブーランジェリー ジャン・フランソワ」のパンに夢中です。

も、表参道に行ったときには必須!!!
これ以上ないってくらい美味しい……。至福のラインナップ。


まず、バゲットがいい。洋食をこさえるときには、
合間にここのバゲットが食べたくてしかたなくなる。
中はもっちり、外はパリパリの地粉の味わいが最高ったら最高。


VIRONのバゲットも大好きだけど、
「VIRONって、なんかちょっと硬すぎる&塩気がきつすぎるよね」
と思っちゃうかたには、こっちがよいですよ。

私はVIRONよりここが好きです。バゲットサンドは、とくにこっち。
具がおいしいし、パンが硬すぎないし。

(でも渋谷のVIRONには、悪魔的に素晴らしい朝食があるからな~。
あの朝食はこれまた最高。ジャムもバターもおいしい…だから、
あくまでテイクアウトでは、の話よ)


調理パンもいい。
とくに、フランスパン生地にごろごろチーズたくさんのパン。

チーズがね、国産プロセスチーズみたいな子ども味じゃないのよ。
コンテみたいな、苦みと臭みとコクのある、ちゃんとしたチーズ!
オーブンでちょっとあたためて食べると、白ワインに合うったらもう…。


あとは、中にオレンジピールの散りばめられた、
甘い香りだけど甘くないもっちりパンもいいです。最高最高最高。

完璧に好みのパンに、初めて出合ったかもしれない、てくらいデス☆




はやくエチカだけじゃなくて、デパ地下とかで展開しないかなっ。

待ってます。首を長くしてヨダレをたらして待ってます。

まあ今のところ仕事や買いもので割と表参道に行くからいいけども、
そうじゃなくなったら夢に見てうなされるよう~~~。
 

西武球場

西武球場


けっこう、満員デスよ〜!

西武球場

西武球場


ロッテ×西武戦に来てます。

ラッキーなことに、松坂です☆

4―0、4―3、5―3 ときました。
まだ、西武、優位!

ベーグル

 
昼食はベーグルサンド。

スモークサーモンとレタスとクリームチーズがはさまってた。
みっしりしたグルテンの作り出す弾力の妙。


甘い、辛い、すっぱい。あつい、つめたい。
などのほかに、「密度」 というおいしさがあることを知る。
ベーグルのおいしさは、密度を食べる快楽。みっしり、もっちり。


噛みしめる。

最初は唾液と頑固に混ざり合わず、口の中でツルツルしていたのが、
ある瞬間に、ふっと溶け出す。

あのときの、あきらめたように緩やかな粘りもいい。




ベーグル、好きです。

 

夏ばて

夏ばてと宿酔いは少し似ている。


頭と胃腸が重く、身体の重心が下に下がっている感じ。
食欲がなく気力が湧かず、なんとなく世間全般がうらめしくなってくる。


あっさりした食べ物だけが恋しい。水がうまい。
まとまったことが考えられない。身体はベッドにめり込んでいく。


どちらがマシかと聞かれるなら、私は「夏ばて」に軍配を上げたいかな。


重度の宿酔いはひどい自己嫌悪を伴うから。
ここが夏ばての「すべてどうでもいい……」という感覚とは違うところ。


それにほら、酒臭さのために周囲に迷惑をかけることもなければ、
友人をなくすこともないわけで。


ここまで書けばわかると思いますが、本日の私は夏ばてではなく宿酔い。


タイトルは単なる季節感の演出でした。

 

テレビの話

 
テレビが苦手だ。




自分からつけられない。
つけた人が部屋からいなくなると、すぐ消してしまう。


理由はいろいろあるのだが、根本的には、
「私に話しかけてくれるわけでもない他人の声」が家の中でする、
そのことが少し苦手なのだと思う。

お目当ての番組を、講義を聴くようにじっと見ることはできても、
テレビをかけ流す、ということができない。




そういえば、日本語の歌詞のついた音楽やラジオも聞き流せない。

言葉に気を取られて何も手につかなくなってしまうから、
片手間の動作がどんどんぎこちなくなっていく。

だから、邦楽の流れる店で食事をするのも、
消化不良を起こしそうで、少しつらい。

同行者がいるときは平気なふりを続けるのだが、
そのうち相手の会話内容が把握しづらくなってきて、困る。




おおぜいが日本語でいっぺんに話しているようなバラエティは
不安な感情が押し寄せてくるお手上げの番組。

みんなの言うことをちゃんと聞きたくなる。
ひとつひとつに答えて、解決してから先にすすみたくなる。

軽く扱われる発言の瞬間、
言葉たちの悲鳴を聞いたようにピリッと神経にさわる。

チャンネルを変える一瞬、画面を見るのさえ疲労感が溜まってしまう。




たまにNHKの手話ニュースを見る。

ひとりの人が、ゆっくりしたテンポで話すので、身体がざわめかない。
15分という長さもいい。

 

盂蘭盆会

 
世間はお盆のようだけど

家の中では何十の

原稿校正するだろう




なーんてね。 金子みすゞファンに怒られちゃいそう。ははははは。


去年もお盆が忙しかったなあ、そういえば。
読みの甘さでは誰にも負けません。


お仕事は計画的に。



夕飯のはなし

夕飯のメニューです。

まず、肉と牛蒡の煮物。
切り胡麻と豆板醤と生姜を利かせて、日本酒と醤油でまとめる。


ごぼうにも「牛」の字がつきますよね。
そのせいではないのでしょうけど、とても相性のいい組み合わせです。


にんにくや生姜はぜったいにチューブなんか使いません。
すりおろすのが一番。香り高く、余計な味がしない。

実際にやってみると、たいした手間じゃないですよ、あんなの。




紅ひゆ菜とツナとじゃがいものサラダ。

じゃがいもは、皮ごと茹でてから手で剥きます。そのほうが美味しいから。

ひゆ菜は、湯通しをしすぎると、紅の色が湯に溶けてしまうし
えぐみも薄れてつまらないので、湯を張ったフライパンでさっと泳がせます。

すべてをボールで混ぜ混ぜして、マヨネーズと醤油と挽きたての黒胡椒で。

ガリガリとミルで挽いたばかりの黒胡椒の、さわやかで澄んだ香気。
夏に最もふさわしい香辛料だと思う。

ひゆ菜のあざやかな紫がじゃがいもを染めるのも美しい。




えだまめ。
さや切りして、塩分濃度4%の湯でゆでるとうまいと聞いたので
そのように作っています。たしかにふっくらして、おいしい。

ただ、1Lにつき40gの塩というのは、かなりな量。
若崎家では、夏は毎日、枝豆は食卓に上ります。塩の減りが早いなあ。


いがいがと産毛の生えた、硬い生の枝豆の両端を、豆を傷つけないよう
ひとつひとつ、そっと「さや切り」するのも、けっこう面倒。

でも、この一手間が、ビールの友として存在感を発揮する
甘く香ばしい枝豆への道。


セロリに繊維取りが、モヤシにヒゲ根取りが、お揚げに湯通しが
必須であるように、一手間は料理のレベルを底から変えます。

惜しめません。




食後に桃。まだ出はじめ。
冷蔵庫に長時間入れると甘みがうせるので注意。

食べる1時間まえに、そっと野菜室で冷やして、いただきます。

ぴりーっと手で薄く薄く皮を剥き、ヒルになったつもりで、かぷりと吸い付く。

甘いジュースが、したしたっと唇の横をすべって落ちる、官能的な快楽。



平凡な料理を、下手なりに丁寧に美味しく仕上げる才能は、
欠点ばかりが目立つ私に、唯一与えられたギフト。

王子や、大切な友人や、尊敬する先輩。
テーブルに招いてきた大好きな人たちに、喜んでもらえたこと。


ただ、感謝しています。素敵なギフトをありがとう、神さま。




明日はなにを作ろうかな?



だって欲しいんだもん。とはいえ。


牧野宗則の木版画が欲しくてしょうがないです。
私の仕事部屋に飾りたいです。


2週間ほど悩んでいますが、答えが出ません。


「こんなに欲しいんだから、買ったらいいよ」

「でも、でもさ、私の収入からいったら、ちょっと贅沢じゃない?」


そんなふうに二人の私がさえずりあってます。
ああ。んん。悩ましい。

家具だったら「実用じゃん!」と王子を説得もできたのだが。




ちょっとまえにもアートアップ・デコにしばしば立ち寄って、
欲しい絵の前で、ううん、ああん、と考えあぐねていましたっけ…。

売れちゃったときには、ほっとしたような、悔しいような、
微妙な気持ちでしばらくモヤモヤしてた。


ふんぎりがつかない。


 

詩を書く

 
水のように歌おう

詩だけに操をたて

かろやかに生きていこう




ディテイルにこそ神は宿るとか

しかし細部は常に単なる細部だね

おおまかな事実をひとからげにし

なんとか生きて飯をくらうのが

少なくとも私にはしあわせ




暇なやつはヒマなりに

アタマを駆使して難題をでっちあげ

たいそうせっかちに忙しいのさ

文句を言う気はないけれど

嗤われるいわれもないね

だって本当は詩こそが我が人生

抽出されたきれいごとだけが

喉の渇きをいやしてくれる




それが

どんなに切実で汚辱にまみれていようとも

詩は、詩

望んだ哀しみに涙して

厳選した苦悩に傷つくんだ

命がけなんて言葉の

おこがましさに後足で砂をかけ

いさましく天空にジャンプ!




いつかそうして報復される

向き合わなかった人生の細部に

そこにこそ宿っていた神に

死骸となった詩たちの

救えなかった過去のすべてに



昨日の日記について


昨日の日記のことなんですけどね、

個人名を出すと、狙ったように妙ちくりんなメールが来るんだけど、
なんなんですかね、もう。


具体的に講演会の内容に触れないように書いたのは、
参加者が限定されたイベントだったから
内容をお二方より先に具体的に書くのは控えようと思ったのと、
このブログにはあまり意味のあることを書きたくないと思っているからで、

別に変な話があったわけじゃないですから……。


個人的な恨みがあるわけでもない人を、
どうしてそこまで気にすることができるのか、エネルギーの出所が謎です。

 

取り散らかっておりますが

日垣隆さんの有料メルマガ「ガッキィファイター」読者限定の対談
「糸井さんに聞く」が開催されました。

糸井重里氏と、日垣さんの対談。濃密な濃密な2時間半で、
もーノックダインしましたです。ハートがずたぼろになりました。

だから今から書くことは支離滅裂です。はなからまとめる気がないのです。
許してください。


***





私にはまだまだ死ぬほどなんにもわかっちゃいない。



いいタイミングでそれを思い知らされるできごとがやってくるから
ホントに人生はよくできてる、かみさまのしわざってヤツでしょうか、粋だねぇ。
(いや、日垣様の企画なんですけど、タイミングがね……)



私が20歳で決意した「人生の鉄則」はゆらがなかったけれど。

(ちなみにそれは
「楽しいこと・気持ちいいことに、ストイックかつ欲張りでいよう」 です)




基本線を守りながら、私がもっと「自由に」なるために
やらなきゃいけないこと、山積み、山積み、とりあえず一歩ずつだ。




だってさ。


突き抜けた人の言葉がいかに重くて染みいるものでも、
それにどれだけ感動しても、やっぱりショートカットはできないや。

悔しいけど、そういうふうに人生はできてる。天才じゃないからね!
一足飛びにいけないよ、はるか高みを仰ぎ見ているだけ。





要領を考えるのは大前提、でもその上で、
やっぱり地虫のように這い回って私の真実をつかまなきゃさ。

聞いたことを理解したつもりになって、
口移しのえらそぶりっこに明日はない、と、思うのだ。



ああちくしょう、あああちくしょう、なんかなんかもう、
すっごいリストラ(本来の意味での)おこってます、アタマのなか!!


ちょ、ちょっと早かったかも、あんなすごい話を聞くのは。
と思うくらい消耗したし、でもやっぱこのタイミングで聞くべきだったとも思うし。





きっと本当の意味がわかるのは、あと何十年も先になるのだろうけれど。



息つく暇もないくらい、人生はスリリングにできてるなあ。
せっかくこの場が与えられたんだから、
考える労力を惜しんで、感覚に麻酔をかけることだけはしたくない。

私には戦う道具がまだまだ足りないや……。



 

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