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2006年9月

よかったね、エリザベス

 
木曜日の日記**

退社まで2日を切った王子が最後の有給休暇を取得したため
いっしょに代々木公園までお散歩に行きました。

すっきりした秋晴れで、空気がとてもきれい。
この突き抜けるような透明感は、秋だけのものだよなあ……。

さくさくと土を踏み、亭々とした高みを仰いでは「うーん」と声を出し、
噴水池を抜け、リードを放たれた育ちのよさそうな犬をかわいがる。


ああ。良き日哉。


途中の売店で王子がたばこを一服。ついでのように私に向かって
「おい、ボーズ、ソフトクリーム買ってやろうか」 やったあ!

(どうでもいいけどボーズって私のことです。
夫に坊主と呼ばれる28歳既婚女性。あまりいないだろうよ)

「なに味がいい」
「うーん、うーん、うーん、……黒ごま!」

黒ごまソフトってセメント食ってるみたいだな、と王子が笑う。
胸がトコトコと鳴る。よかったね、エリザベス。

エリザベス? そう、エリザベスがいるんです。 順を追うとね。

ここ1ヶ月、胸がきゅっと苦しかったの。くつずれを我慢しているみたいに。

原因はわかってた。 どのご家庭にも転がっている、とても陳腐な、よくある話。
どうすればいいか悩んだ末に、今回は我慢! …という結論を出した。

出したけれども、苦しかった。のどにすっぱいものが溜まっているみたいに。

だからね、ちょっと笑わないでね、私は、あの、とてもくだらないんだけど、
その苦しみに名前を付けてみたの。エリザベス。直感で。

寝ても覚めても、私の胸の中に鎮座ましましている、重苦しい存在感。
これはもう生き物だと思ったから。

私の身体を篭にして、身動きできない手負いのけもの。

それから毎朝、エリザベスの機嫌をうかがった。

今日は固く丸まっているねえ、エリザベス。おいしいものでも食べようか。
ほらいい天気だよ。今日くらいはのびのびしてみよう。
そうだ、あの子に会いに行こうか? それとも映画に行ってみる?

のんびりゆっくり、つき合っていこうと思った。この子がほぐれて出ていくまでは。
あやして、いたわって、ときに「いいかげんにしなさい」って叱って。
そしたら次第に折り合いがついてきた。

エリザベスは話さない。(話したらヤバイ人だ私は)
でも、何を考えてるか、その心音でちょっとわかる。
悲しいときは心臓をぎゅーっとつかむし、
嬉しいときは身体いっぱいに湯のように広がってダランとするの。かわいい。


王子とふたりで、他愛ないおしゃべりしたり、石蹴りしたり、
王子の苦手なカラスをけしかけたり。
代々木公園のお散歩は、ずっと足りなかった栄養素を私にも彼女にも
注ぎ込んでくれた。
やっぱりあれだね、オーソレミーヨ。基本なのよ王子は。照れますけども。


当の王子様は、またもや夜からどこかに行っちゃったけど、
その晩のエリザベスは、別人みたいにひっそりとイイコにしてた。
仕事、はかどっちゃったわよ、ひさびさに。

いや、もう、ほんと。 …良い日でした。



* * *




と、ここまでが木曜の話ね。で、王子から今メールが来た。今は金曜深夜よ。

「この1ヶ月、寂しい思いをさせてごめん。
明日からはまた一緒に過ごす生活を取り戻すよ。約束する。」

………。

全身から、ちからが抜けました。 うん。ありがとう。待ってた。

わかっていたよ、引きずる人じゃないことくらい。
だから私は黙っていたんだ。最後の祝祭だったんだよね?

そういう終わり方もあるさ。




来週の月曜日から、王子様は転職し、新しい会社へ行くことになる。
F市から地下鉄のK駅へ。場所も職種もがらりと変わる。

お互いにこれで気分一新、そういうことでいいじゃあないか!


だからね。 もう大丈夫だよエリザベス。 次が来るまで、眠ってなさい。








※今回、ここ1ヶ月くらいこのブログを読んでいる人じゃないと
 わかりにくい内容でしたね。すみませんです。


少々の健康があるならば

 
 そんな強気なフォームじゃ猫もだませない
 立ちはだかる旅人のまえで飛べ!そしてわたしは
 わたし 目指す土地はもちろん荒野
 ひとりよりふたりがいいのなら
 ここでおとなしく待っていなさい
 
 結局はどれもレトリックを変えたおなじこと
 違いのわかる人間はそもそも
 コーヒーを飲んだりしないでしょう
 発見は発明を呼び呼ばれ作り出された孤独たち
 泡のように踊るぜんぶ余芸にすぎぬ戯言ならば
 
 助けたい奴が助ければいいわたしはここにいる
 逃げも隠れもしないことはすべて愛するということ
 瞬間を狙って撃たなければ結局生えてくる
 根は ひとつ
 
 今度こそ正確に仕留めて
 無駄のない筋肉を上腕で生きるのだ
 もっと濃い酸素を求めるのなら、ここは人が多すぎる
 
 顔の見えない今日 声の届かない距離のままで
 いっしょに行こうじゃないか





じょーじイタリアン

じょーじイタリアン

世界最大のコングロマリットに勤めている友人アキラと、
ただいま吉祥寺イタリアン中。 このあとカラオケ♪

数少ないオケ友かつ15年来の大親友。
中学1年、13歳のときに出会って、いっしょの部活に入って。山岳部。

アキラは高校1年のときに留学しちゃったけど(中高一貫校でした)、
そのあともずっと文通して、年に1回は会ってたなあ。

国際文通で大げんかするのなんて、あれが最初で最後だろうよ。
アキラ 「あんなつまらない学校に、よくずっと通ってられるよね (゚Д゚)」
私 「それはあんたの個人的な不幸でしょ。私はここにいても楽しいよ!(゚Д゚)」
みたいなさ。まあなんせ、幼かったっす。

今はもーそんなケンカすることも滅多になく (たまにあるけど)、
月に一度はお互いの家にお泊まりしての、グダグダおしゃべりが楽しい。

酔っ払っていい感じ。気晴らしって、人生に必要ですよね。

さ~、奥村愛子うたうぞ~!

だいじょうぶ

 
仰向けで眠れるようになりました。

背骨の裏の神経をヤスリでこするような感覚は、まだありますが、
痛みは少しずつ減ってきています。

このまま鎮静するなら、これ以上の検査はしないことにしよう。


原因は、よくわかりませんが、ストレスだったのかもしれません。

「痛み止めを打ってるんだから酒を飲むな」などと言わずに、
気晴らしにつきあってくれた友人ズに、心からの感謝を。

誰かとごはんを食べる時間に、救われました。

明日は、王子様、会社をお休み。夜までは、家にいてくれます。
夜は飲み会らしいが。 どうしようかな夕飯。うー。

まあとにかく、家にいる間に、たくさん話をしようと思います。
仕事のこととか最近考えたこととか、いろいろを。

伝えるのをさぼっていたから。たくさん話がしたいな。

だいじょうぶになるよ。きっと。

忙しくて弱気。

 
今日はひさびさに忙しかったdeath。

取材1、インタビュー1、打ち合わせ3。 もうこんな時間……。

その合間に、土日、肉体の痛みにかまけて出来なかった原稿書きを、
ネット喫茶でこなしてました。
さらにその合間に、メール書いたり、ちょっと困った編集さんとケンカしたり。

相変わらず背中痛いのに、きつかったーーー!!!




……ろくに眠らず朝が来て~♪

今から取材にまたいってきます、なんだか身体がこわばってきた。

病気の時に限ってスケジュールがタイトなのって、なんなの。
貧血ぎみだしさ。
こないだまでヒマヒマだったのに……。しょうがないや。

取材、緊張するから、背中がますます痛むんだよなーっ。


約3.03センチ先は闇(改訂)

約3.03センチ先は闇

杏林大学病院です。

てんてきしたり

血液検査したり

レントゲンとったり

CTしたりするうちに一日が終わりそうだし。


検査は治療じゃないので
相変わらず冷や汗な痛さだ。うう〜痛い〜!

背骨に腫瘍があるかもだってさ。それ、どうすればいいの? 治るの?
数日前まで、私、ぴんぴんしてたよ!!


+++


とりあえず帰ってきました。

詳細は2週間後にMRIにて確認ということになり……憂鬱すぎるよ2週間。

たいしたことじゃありませんように。なむあみだぶつ。


体調絶不調

 
数日前から不眠症に悩んでいたのです。
いや、それは違うな。不眠症って、精神的なものだもの。


眠れなくて、悩んでいたのです。
原因は、背中の痛み。たぶん、内臓系。


仰向けに寝転がると内臓が重力に引っ張られて息ができないくらい痛むから
基本的に、左を下にして寝ころんでて。
うつらうつら2時間くらいは眠れるわけ。

ふと寝返りを打ったとき、
心臓のちょっと下の、背中がわ、身体の中心に、キリをグイッと突き立てられる
ような痛みが走る。飛び上がるように目がさめる。


昨日もねえ。
Mくんちで徹夜してる場合じゃなかったことはわかってたんだが……。


で、本日の夕方になって、座っても立っても痛むようになってきた。
ああ。
心臓の鼓動にあわせて、ズキンズキンと、心臓の裏の下あたりから、
痛みが発信されてる。基地局はここです! って感じだ。


なんでブログなんか打ってるかというと、上半身の左がしびれててさ。
左ほほ、左手、左腕。(足は平気だ)
キーボードを叩く感触がどこまで感じられるかなっという実験で、
「あいうえお」とか叩くのもめんどくさいから、さらさらと書いてみてます。

指はちゃんと動くなあ。タイプミスしないし。
でも感触は薄い。キーに触れてる感じが、あまりない。

左のほほなんて、撫でても、麻酔を打たれたみたいに
厚ぼったい感じなんですけど……。


やばいのかしら、これ。
息を吸うと圧痛が走るから、浅く短くしか呼吸できないし。
あ、だから痺れてるだけか。そうだよな。過呼吸みたいなもんか。

しかし今も痛い、呼吸が、暑い日のイヌみたいになってきちゃう。

「背中の痛み」とか「背中 激痛」とかでググると怖いことばっか出てくるよう。
明日、日曜だから、一般外来は開いてない。
このまま一晩、眠れなかったら救急車かしら。やだな。


たいしたことじゃありませんように。ただの疲れとか、そういうのだよ、きっと。

脂汗をタオルで拭きながら、ほとけだのみしてしまう夜。
無理してかっこつけた報いだ。王子。

王子王子王子。たすけてください。
あああ、でも、もし今…、とか思うと、電話すらできない。

バカだ私は。死ななきゃ治らないくらいには。


げんまん。

 
昨日の日記。

夕方から新宿の伊勢丹・小田急などを巡って、秋ブーツの買いもの。
「こういうのが欲しい!」というイメージがあるので、それに沿って探してたら、

ばっちり好み! これこれこれ! というのを見つけるも、値札を見て撃沈。

ろくまんさんぜんえんだったのよ……。
無理だわ。無理よ。なによそれ。ケンカ売ってんの? でも欲しい。

結果、回遊魚のようにぐーるぐーると売り場を回って「二番目に好きな人」を
必死で探すも、やっぱり本命一筋なのよね私。 無理なの目移りなんて。

セールでも3万円か…ていうかセールにならないメーカーだよねこれ…。

悄然としおたれて帰路につき、
仕事の準備などを済ませているうち、はや20時。

おなかはすいたけど、準備する気力も買いに行く元気もない。
むーん。どうしたもんかな、ひとりメシってのは。




と、腐っていると、13年来の親友Mくんから電話。

M「もしもーし。ちょっと話を聞いてほしいんだけど今からウチ来ない?」

私「やだよ面倒くさい。いまどこにいるの」

M「客先の舞浜! 今から帰るとこだから9時半にC駅かな。
 あーもう、まいるよ、駅の中、ディズニー帰りの客ばっか。
 こっちは土日もなく仕事で舞浜に来てるのに座れないしさー」

私「いいじゃん別に。ディズニーランドなんて、たいして楽しいとこじゃないし」

↑こういう発言を男子の面前でしてきたことが28年間モテなかった
理由なのかもしれんが、ディズニーとBBQに同時に誘われたら、
やっぱり今でも迷わず後者を取りたい。トレッキングでも可だ。

M「俺、ディズニーシーって聞くと、ネズミに海でレミング思い出すんだよな。
 まあとにかく来てよ、頼む、頼みます」

しばし黙考し、Mんちにある生意気なワインセラーの中身を思い出す。

私「……2000年のボルドーのヴィンテージ。フルール・ド・クリネでしたっけ?」

M「カンベンしてくれ…あれ、記念日に開けようと買っ」

私「(さえぎって)じゃあ行かない。疲れてるのよ。ブーツ買えなかったし」

M「開けます! だから来て、もー泣きそうに困ってるんだよー!」

で、Mんちに行く。手みやげは、鴨のくんせいとビターチョコ。
(こういうの常備してるところが、酒飲みの家ですよね)

相変わらず空き巣があわてて逃げ出したように散らかったメゾネット。
雑貨だかゴミだかわからないものどもを足先でよけて座布団を出す。

勝手にPS2をつけてゲームを物色しているうちにMがうらめしそうに
ワインとグラスと手早く作ったつまみをもってきた。

M「いいワインなんだから味わって飲めよな、つーか、ゲームつけるな!
 今日は遊びに呼んだんじゃないの!」

私「だってこれ知らないんだもん。すごい、盗りものアクションだって。
 義賊としてスリとったものを恵むんだ、へー!」

M「あっ、それ面白いんだよ、顔を見られると人相書きが似てくるの!
 だから基本はメタルギアみたいな隠れゲーなわけ、R1ボタンでこうすると…」

で、結局3時間ばかり、ワインを飲みながらゲームに熱中。
私、ハードなゲーマーじゃないから、Mくんが唯一の情報源なの。
月に一度遊ぶくらいなら、テレビゲームだって楽しいもんだ。

私「あー面白かった! で、なんなんだっけ。ワインなくなったよ」

M「もう1本開けていいから聞いてくれ。ルルにふられた」

私「えーーーっ!? あんな仲よかったじゃん!!」

あの、19歳の、金髪の、おっぱいが大きくて左腕にドクロのタトゥー入れた
ちょっぴりシャブ中のいかしたルルちゃん(本名不詳)に??

M「俺のなにが悪かったと思う」

私「へんくつなところ」

あんたに言われたくない……と言いながらMくんがうなだれる。

だってルルちゃんがMくんちに料理作りに来たとき、こいつなんて言ったと思う。
やれ牛乳が低温殺菌じゃないの、トマトが無農薬じゃないの、
買いものの段階でダメだし! ぜーんぶ廃棄しちゃったんだよー!

ホント、私だったらその場でブチ切れて帰ってるよ、このダンチュー野郎め。
まあ、それはともかく。

私「ていうかさ、私に聞いてもどうしようもないじゃん。
 ルルちゃんなんて言って去ってったの」

M「もうあなたとセックスしたくなくなった、って言われた……」

あわわわわ。

M「ねー俺どうしたらいいと思う」

どうするもこうするも。

M「そう言われちゃったらさ、やり直したいって思っても、
 俺からどう言っていいのかわかんないんだよ」

いや、だって、それもう無理でしょ、どう考えても。

M「やっぱりそう? あーもうどういうことだよ、1年しか経ってないのに!」

そりゃ、Mくんの言い分では、たった1年なんだろうけど、
29歳の1年と、19歳の1年では、長さが違う。
ティーンにとっては、燃えて満足して飽きるまでに充分な時間だよ、1年は。

M「ピアス増やすなとかシャブやめろとかバイトくらいしろとか言ったの、
 うるさかったのかなあ…(泣き出す)」

私「そんなことないよ、初めてまともな会社員とつきあってること、
 ルルちゃんすごく喜んでたじゃん。どこで知り合ったんだっけ?」

M「ゲーセンで拾ったの。あのゲーセン行ったらまた会えるかなあ。
 ルルみたいに可愛い女きっともういない、絶対にいない(号泣)」

だーいじょうぶでしょ。
29歳にはまだまだ次のチャンスなんて、いくらでもあると思うよ。
ってことは、でも、言わない。
そんなの、「とりあえずビール」と同じくらいの軽さしかない言葉だもんね。

私「朝までつきあうから、まあ、飲もう (注:Mくんのワインです)」

私がグダグダに失恋したとき根が軽いMくんは
「だいじょぶだいじょぶ、気にしない~」 などと軽く流したんだよな。
私はそれで、「いったいなにが、どこが大丈夫なのよ!言ってごらん!!」
と、Mくんに大爆発することで、とっても楽になったのだ。


あのときのこと思い出すなあ。
お互いさまが巡ってくるから、長い友人ってのは、いい。


私より先には死なないでおくれ。私もあんたより長生きするからさ。約束しよう。

げんまん!


ただ、あなたが欲しい

 
王子とちょっとしたごちゃごちゃがありまして、
くつずれの痛みを我慢しているような毎日に、

その昔、激しい恋をしていたころの詩がひょっと出てきたので再録してみます。
禁じられたナントカだったわけですが。

王子、明日は家にいるかなあ。会いたいな。王子様。


****************





     無題


問い続けることでつながる関係をそれでも
断つより続けたいと わたしたちは選んだ
わかりきった疑問を飽きず繰り返し
皮膚よりもっと奥の傷を掻きむしり合うことを


ただの人間でしょう あなたもわたしもあの人も
大切な人も傷つけた人もみんなただの人間だよね
そこから確認しなければひとことも進まない
ありふれた祝福からもっとも遠い所在で


誰にゆるされたいっていうの
ひとをばかにしないで


きらいきらいきらいきらいきらい
呪いの言葉は一言で足りるのに
どのくらい欲しいかなんてきっと言葉の領域じゃないね
なんのために どこを からませればいい
すべてがすべて熟れ堕ちた今


何万本の花を踏みしだいても折りきっても
歌を忘れ詩を忘れからだのどこをもぎとられても
誰を殺し誰を欺きどんな嘘を嘘で塗り固めても
万劫に悔やむとしても なにをなにを失っても


痛むこころは とうに死んだ
ただ あなたが欲しい



うつつをぬかして

 
昨晩は、赤羽在住の友人Aちゃんに招かれて、おうちで鍋。

AちゃんはSE。むかしの職場で、1ヶ月だけ一緒に働いた仲間でした。

職場では挨拶以外にそう話すこともなかったのに、
いったいどうして、なにをきっかけに、お互いの家をひんぱんに行き来する
ほど仲良しになったのか、たまに話題になるけど、二人とも思い出せない。
まあいいんだけど、きっかけなんて。


お鍋は、水炊き。
ふたりで買いものして、きゃーきゃーいいながら作って食べて飲んで。

冷蔵庫開けて勝手に何か作ってもノープロブレムなくらい
気の置けない友人の家って、外のお店よりずっとリラックスできる。

歌ったりエアロバイク漕いだりアルバムめくったり
ちょっとディープな相談にのったり美容院に一緒にいく約束したり

なんか女の子っぽい飲み会だなあ、
たまにはこういうきゃーきゃー華やかなのもいいなあ、癒される癒される。

Aちゃん私の2歳上だけど。
女の子同士☆とか言ってる場合じゃない中年増コンビですが、
いいのよっ、そういうノリのときがあっても!

いつも心に女の子を。
少年のようなおじさんが許されて
少女のようなおばさんが許されないなんて不公平だわ。


それはそうと、人間は

  ・人を自分のおうちに呼びたいタイプ
  ・人のおうちに呼ばれるのが好きなタイプ

どちらかだと聞いたことがありますが、私は両方とも同じくらい大好きです。

もてなすのも、もてなされるのも好きさ。




+++


さて。
 
やらなきゃいけないことはわかってる、わかってるんだけど、
ダラダラしたい、もーちょっとだけ、ね、お願い。

と、自分で自分にお願いしてズルズルしちゃうときに便利なのがウェブですね。
(さっさと仕事しろっつー話なんですが。)

おすすめは、
旅写真家でありライターでもある三井昌志さんのサイト「たびそら

いーい感じに現実を忘れさせてくれるんですよ。

ふんだんに使われている写真が、すごくいいのです。
一枚の写真の中から、たくさんの物語がにぎやかに語りかけてくる。

時間を忘れて、ながながと眺めちゃいます。
こんなに素敵な表情、どうやって引き出したんだろう。


テキストもプロフェッショナル。

一例ですが、
急速に観光化・近代化がすすむカンボジアについての記述。

シェムリアップなどを除く郊外の村は、いまだのどかなもの。
それなのに、電気も水道も通っていない村で、人々は携帯電話で
連絡を取り合っている。 それは奇異に映る光景だが、

「僕らは文明の利器の導入というものを、つい段階的なものとして考えがちだ。
(中略)ごく最近まで昔ながらの暮らしを続けていたところでは、大がかりな
インフラを必要としない最新技術から先に普及していくのである (以上、引用)」

語られるのは、あくまでも目の前のことですが、
凡百の「ここに行った、こんなことがあった、楽しかった」っていう
ウェブ旅行記とは違い、批評精神が随所に発揮されていて読み応えがあります。

売り子の少女や旅行者に行なったインタビューもイキイキとしていて、
まるで小説のように仕上がっている章もあるんですよ。

文章そのものも、感情的な記述が抑制されていて、切れ味がよくて、
なんだか悪いなあ、ただで読んじゃっていいのかなこんなの??


なんてこと考えながら読んでる間に、ああっ、もうお昼じゃないか!


恋愛小説

 
 伸び上がって彼女が言う。抱き締めて。僕はくすぐったい気持ちで
そっと手をまわす。起きがけの夢は甘い思い出。なくしてしまった恋の話だ。


 僕の彼女は消しゴムだった。夢の中で彼女は優しい。まえと同じよ
うに美しく、突然の僕の抱擁に泣き出しそうな顔をする。可愛い。可
愛くて可愛くて、僕は彼女を肌身離さず連れて歩いた。彼女は肉の
厚い、いい身体をしていて、それも僕は気に入っていた。


 彼女、どうしてる? お前、気を付けた方がいいよ。友人たちは、僕
によくそう忠告していた。彼女はお前が思っているよりずっと脆くて繊
細なんだぜ。消しゴムってのは、使い続けてると減ってしまうもんなん
だ。
 僕は鼻で笑った。そんなことないよ、彼女は今までのどの消しゴム
よりも丈夫でよく肥ってる。そういう君は、消しゴムを最後まで使ったこ
とがあるのかい?

 友人は少し考えてから、いや、ないな、と答えた。たいていは薄汚れ
て小さくなってきた頃に、どこかになくしてしまうんだ。小学校の教室の、
節目だらけの床に吸い込まれるように消えちまったやつ、誰かに貸して
そのまんまになったやつ。
 僕らはひとしきり過去になくしてきた消しゴムについて話し合った。そ
して僕はこう締めくくった、僕は彼女から目を離したりしない、まして人
に貸したりするもんか。友人はそれでも気遣わしげで、僕はちょっぴり
プライドが傷ついた。消しゴム一個扱えない男だなんて、ばかにするな
よ、ってね。


 私、みすぼらしくなっちゃったみたい。ある日、彼女は呟いた。そうかなあ、
と僕はいい加減に返事をする。確かに彼女は痩せてしまったし、真っ白に
輝いていた肌はくすんで精彩に欠けているけど、長いつきあいの間には
どんなものでも魅力や新鮮さを失って行くものだ。僕は新しい女との浮気
に夢中で、彼女の衰えを気にしなかった。
 彼女はいつもどおりそこにいる。そして僕のきまぐれで無遠慮な要求に
いやな顔をせずに応えてくれる。僕はすっかり彼女をごしごしと乱暴にこ
すって、こすりまくって浪費することに慣れていた。それで僕らは平穏だった。


 そんな関係が一年ほど続いた。彼女はよくぼんやりするようになった。私、
綺麗だったっけ? と、ある時彼女は独り言のように言った。澱んだ彼女の
目つきに不安を感じながら、僕は即座に答えた。勿論だよ。君はぴかぴか
で、他のどんな消しゴムよりも白い肌をしていた。
 僕は彼女をモノにしたばかりの頃のことを思い出して、改めて目の前の
女を見つめた。薄汚れた肌。手垢のついた身体。小さく畏縮したような体
つきはいびつに曲がっている。
 不意に申し訳ない思いにかられて、久しぶりに思いきり彼女を抱き締めた。
痩せた身体はかさついていて、このままぼろぼろと崩れてなくなりそうだっ
た。いつの間にかすべての魅力をなくしてしまった彼女が哀れで、僕は初
めて彼女をいたわることを思いついた。

 まず彼女の、センスの悪いぼろっちい服を剥いだ。現れた肉はかすかに
昔の白さを留めていて悲しかった。僕は彼女を何度もこすった。かまって
やれば、つまらないことも言わなくなるに違いない。やめてやめて、壊れて
しまう。彼女の細い抵抗を、いつもの調子でねじ伏せる。痛くったって知る
もんか。これは彼女の為なんだから。
 たくさんの消しカスで彼女の身体は半分にちびて、それでも身体はきれい
になった。ほんのりとした白い輝き。新品のツヤや張りはないけれど、そこ
には使い慣れた慕わしさがあり、僕はとても満足した。

 ところがどうしたことだろう、彼女はそれ以来、一層小さくなって口をきか
なくなったのだ。親切を無下にされたようで腹立たしく、僕も彼女を無視す
るようになった。


 そうして彼女と会わなくなってしばらくしたころ、どうしても彼女を使わなきゃ
いけない用事ができた。確かにちょっと気まずいけれど、優しいあの彼女のこ
とだ、謝れば許してくれるに決まっている。ところがいくら呼び出しても、彼女
は出てこなかった。僕は慌てて彼女を探した。思い当たるところはすべてあ
たって、友人たちにも電話した。彼らは僕に冷淡だった。僕の扱いはひどす
ぎたと僕を詰った。

 それじゃあ、なぜもっと前にそう言ってくれなかったんだ? 友人たちは当
然のように答えた、だって彼女はお前のモノじゃないか! 消しゴムは一瞬
の隙にどこかへ行ってしまうもの。目を離したときに、所有者の資格はなくな
ってたいたんだよ。


 そうして僕は彼女を探すのをやめた。汚い消しゴムの分際で僕に恥をかか
せたことをしばらくは罵っていたけれど、今では時折、甘い感傷とともに思い
出す。 優しい女だったな、なんて。


 後悔はないのかって? そうだね、多少不便になったくらいかな。
 そりゃそうだろう、だって、相手はたかが消しゴムだ。百円もあればいつ
だって、新しいやつが買えるんだから。



朝ですよ!



朝、目が覚めたときに、まず最初になにを考えますか?


私は毎日毎日、同じ事があたまに浮かぶの。

休日の、うつらうつらした甘い目覚めのときも、
仕事がうずたかく積もって「オラオラぁ!」と促している平日の、
目覚まし時計による暴力的な覚醒のときにも。


「今日は、何を食べようか?」


冷蔵庫には何があっただろうか、あれで何を作ることができる?

昼は……たまには外に行くのもいいかもしれない、その帰りに
八百屋と魚屋をのぞいて。秋鮭の値段、もうちょっと下がらないかなあ。

おなかがキュウと泣き、味蕾が蠢動し、
スッキリとした目覚めが「やる気」とともに降ってくる。よし、朝ごはん作ろ。

これがないときは病気なの、心か体が。わかりやすいでしょ。


さて、楽しい楽しい朝ごはん。


やかんをガスにかける。
週に一度、ブレッダルワン (とても美味しいパンやさん) で
買いだめして冷凍しているパンをトースターに突っ込み、
フライパンにひとつタマゴをおとす。ぽこん。あっ、ハムが切れてる。

葉っぱの野菜を適当にちぎって、トマトを添え、
オリーブオイルと塩とワインビネガーを直接振っちゃう。

タマゴは、白身の下は縮れてカリカリ、黄味は半熟とろとろが好み。

しゅんしゅんとわめくやかんをなだめてコーヒーを煎れる。
たっぷりのミルクをカップに注ぎ、レンジでチン。一杯目はミルクコーヒー。

カリカリと香ばしいトーストに、バターと目玉焼きを載せて、まず1枚。

まわりサクサク、中はお布団のようにフカフカのパンはかすかに甘い。
そこにバターの香りと旨味、官能的にねっとりした半熟の黄味。

最強のコンビネーション。どうしてこんなに飽きないんだろう。
目をなかば閉じて、しっかり、ゆっくり噛んで味わう。

塩気が強いのはバターの部分、コクが勝っているのは黄味の部分、
脂肪のうまみ、あっさりした小麦の香ばしさ、白身のぷりぷりした歯ごたえ、

すべてを舌で丁寧に丁寧に探り当てながら攪拌し、一体化させ、
香りと味のシンフォニーがピークを過ぎたところで、嚥下する。


嗚呼。陶然とする。もう一枚、食べちゃえ。


これだけの楽しみが約束されている時間にテレビをつける人間が
やっぱり私には信じられない。(へんくつ?)

食事もテレビも両方楽しいことだけど、並びたたないじゃない。
お互いの「喜ばしさ」を阻害しあう組み合わせだと思うの。

もう8年前になりますか、ノーパンしゃぶしゃぶって話題になったでしょう。
あれを見たとき、私は「???」って感じだったのね。

とろとろの霜降り肉をさっとゆがいてポン酢で食べるあの幸福と、
ノーパンおねーちゃんのスカートを覗く楽しさって、並び立つ?

私だったら無理。
性欲とからめられるのは「お酒と乾きもの」程度の飲食だよ。
しゃぶしゃぶを食べたあと、そのままその場が「酒とご歓談」の場にシフトして、
のぞいたりさわったりタイムが始まる、これだったらわかるんだけどさあ。

食べながらって……どっちともちゃんと楽しみたいとか思わないのかしら。

それとも、いま流行の「ABSOLUT ICEBAR TOKYO」みたいに、
その発想が面白いからネタで行っちゃえ、とか、そういう場所だった?
それにしてはノーパンとしゃぶしゃぶなんて組み合わせ、遊び心が足りないわ。

あっ、スウェーデンの本家ABSOLUT ICEBARに行った話、誰にもしてない!
今度会ったらスノッブな友人Fに自慢してやろう。忘れちゃいそうだけど。

………。


パンを焼いている間、よしなしごとをぐるぐる思いながら、
トマトサラダをしゃりしゃり食べる。口中、リセット。

口の中が青い香りでいっぱいになると、なんだか旅行に行きたくなる。

3月。3月にはまた旅に出たいな。5月にお遍路するから、3月は短めで。
8日間くらい休めたらいいな。
スペインのレコンキスタのあと。
ニュージーランドのテ・ワヒポナウム。
マチュピチュ。ラパ・ヌイ。ヒエラポリス。あー世界遺産のテーマソングが。
夏まで待ってスイスのユングフラウもいい。氷河鉄道でロープウェイを登るの。
もっとお金があればぜんぶぜんぶ行けるのに。

長期の場合は貧乏旅行してるけど、別にバックパッカー志向じゃない。
ユースホステル以外にも泊まってホテルサービスを体験したいし、
それ以外でもお金をきちんと (贅沢に、ではなく) 使ってしっかり旅行したい。

お金がないと、ちゃんとその国を味わえない部分がどうしてもあるから。
スイス、物価が高いらしいしなあ……ユングフラウ、まだ早いか?

そういえばデンマークのホテルの朝食おいしかった、
あの、血液の香りたっぷりのレバーのパテ!
日本と違ってモチモチ感のない軽いパンをちぎって、パテをたっぷりのせて。
あんなもの朝から食べるなんて、王侯貴族になった気分だったなあ。
なめらかで、濃厚で。どうやって作るんだろ。……。


チーン。
トーストが焼ける。

今度はバターを塗って、はちみつをひとくちずつ載せて食べちゃう。
次のひとくちはブルーベリーのジャム。
最初にジャムだけ口にいれて、そのあとでパンを食べてみる。
うーん、やっぱり載せて食べた方が美味しいな。

おかわりしたコーヒー、今度はブラック。
お気に入りのコーヒー豆は、エスプレッソブレンドだから、かなり苦いの。

でもそこがジャムトーストにはぴったり。
食事に大切なのは、納得のいく美しいバランスだと思うな。


ごちそうさま。さてさて。今日もがんばるぜ。


これが「ケース1」の場合ね。
他にも
ケース2:和食の場合 とか
ケース3:パンケーキを焼く場合 とかあるの。


朝ごはんって、一日で一番おいしく感じません?


どうにか、いちどは

 
「今年の秋は歩き遍路だ!」 …と思っていたのですが、
もう9月も後半ですね。

どうにも予定がやりくりできない事態に。うむう。

ウェブサイトにブログを代書してアップし続けるお仕事なんて、
電波届かなかったりPC壊れたりしたら、アウトだし。


順打ちして、歩きで、ぜんぶ回るのに、だいたい40日はかかってしまうらしく、
1週間ずつの区切り打ちが現実的なのですが、
「まるまる1週間」っていうのが、これまた、あかない。

私のような下っ端ライターは、取材や打ち合わせの予定をどーこーできないのだ。

あとやっぱり、やっぱりね、やるからには区切り打ちじゃなくって
「1000キロ、いっきに踏破!」 ってのが、憧れじゃない。40日をかけて。

次の一週間はどこでとろうかな、と、心掛かりになるのもイヤだし、
いっきに歩いた方がダイエット効果も……じゃない、ええと、感動もありそうだし。


「目的はなに? なんのために行きたいの?」

王子に聞かれるのですが、そう聞かれると、なんだろう。


別に、願掛けるつもりはないんです。

私は寺には属していないものの心は完璧に仏教徒だから、
御利益信仰って、好きになれない。

仏教とは「仏になる(仏覚を得る)」ための教えであり、
それ以外のことは教えの中にアリマセン。

家内安全を願ってお遍路するんなら、それよりセコムしようよ。
健康に気をつけて、家族仲良くいられる工夫をしようよ。

お遍路やお百度で「なにかしたつもり」になるのって、よくないんじゃないかな。
「でも心の平安は得られます」って、それ、すごくエゴイスティックな気がする。


「じゃあ、仏教徒としての、修行のため?」


大学の卒論テーマ「浄土真宗の妙好人」を面白がってからというのも、
なんとなく浄土真宗に信仰心を感じている私にとって(実家は曹洞宗だが)、
真言宗のお遍路なんざ自力修行の典型。

雑行であり雑修であり、捨てるべきものなのです。浄土に近づく行為じゃない。
なので、修行ってのは、違う気がします。

(お大師さまの足跡に触れることで、あらたに自分の中に仏教への親しみを
発見できるかも、という期待は、あることはありますが)


もちろん 「自分探し」でもない。そういう感動は期待してない。
神秘体験もオカルトもあっちいけしっしっ、です。

かといって、「ウォーキングです。フィットネスです。ダイエットです」 と
言い切ってしまうのもいかがなものか。


じゃあ、なんなんだろう。
時間の無駄だろう、と言われても「そうかも」としか返せないんだけど、

なんだかすごく行ってみたい。
熊野古道と遍路みちは、死ぬまでにぜったい歩いておきたい。

という気持ちだけがあるんですよね。
一度行ったら、便秘のつかえが取れたように、荷が下りる気がするの。




たぶん、目的は、観光なのです。


……そう言ってしまうことに、抵抗がないわけじゃないんだけど、
でも、一番ぴったりする表現を探すなら、観光。

いつかはウルル(エアーズロックのこと)に登りたいように、
ストーンヘンジやモアイを見たいように、遍路みちを歩いてみたい。

どんな風景が見えるのかな。道に迷ってハラハラしてみたいな。
見知らぬ人と会話することも、あるかもしれない。


観光で40日も歩き遍路。物好き?

でもさ、「私は真言宗徒ですから、お遍路は当然の修行です」という人には
不謹慎だと怒られてもいいんだけど、

家内安全だったり病気平癒であったり、仏教的には「外道」な目的で
まわっている大半の人に責められるいわれはないと思うのね。


「いいよ、もうとめないよ、でも 野宿はやめてね。 約束!」

ぎくーっ。どうしてわかったんだ?

「約束!」

王子が珍しくこわい顔をしている。ハイ…野宿遍路はしません。約束します。

ちぇっ。


9~10月で行きたかったけど、40日は難しいもんなあ。

秋がダメなら、春。
観光は、気候がいいに越したことないもん。

来年の5月は予定を入れないぞ!

と、宣言しておかないとウッカリ入れちゃうからな。宣言してみました。


トマトパスタをひとりぶん

 
土日は朝から草野球 → 飲み会。

平日は朝から晩までお仕事で、夜は飲み会や麻雀やいろいろ。

とくに転職前の今は、毎日毎日毎日、飲む予定が入っていらっしゃる。
そうでなくても、留守傾向は、ここ数ヶ月、加速中。


そんな王子様と暮らしている地味な自由業者には、
たまの取材や打ち合わせ以外に、人と会話をする機会がない。


友人が多いのは男としてはいいことだろうし、
私だってポーンと長期旅行で家を空けるから「行かないでよー」 なんて
言えた義理じゃあないから言わないんだが、どうにもひとりを持て余すこともある。


私の友人たちは、みんな固い業種のサラリーマンだから、
誰かとご飯を食べるといったら夜に酒を飲むことになって、
長っ尻を覚悟できるときしか会えない。出費の上でも、頻繁には誘えない。


でも、まあ、食わねばならん、今日は土曜、昼食は一日の活力のもと。

パスタをゆでるための湯をわかす。にんにくとトマトを冷蔵庫から……。

うーん、張り合いがないなあ。携帯電話をつかむ。

「もしもし、ショーコちゃん、今からうち来ない。お昼食べよ」

ショーコちゃんはヒルズOLで、仲良しのかわいい女友達だ。

「いいな、行きたい、なに、今日はパスタ?」

この人、うちのメニューをよく当てるのよね。バイオリズムが似てるのか。

「でもごめん、土曜出勤中。
もうね、むなしいわー、ヒルズなんて遊びに来てるカップルばっかりよ」

私もむなしい。

「王子様はどうしたの? なんかいつもいないね」

そうね、いつもいないわね。
しょうがないよ、じっとしてる男じゃないもん。
しょうがないよ、そゆとこも好きなんだから。 で、何人かに電話してふられる。

サラリーマンのみなさんにとって土日ってのは貴重な貴重な週末で、
前々から予定が入っていらっしゃるものなのだ。

で、いつもヒマこいてる親友Mくんに電話。

「もう食った、カルボナーラ作ったんだぜ、30分遅かったね」

Mのカルボナーラうまいんだよなあ。
私は、Mくんちに行くとき食材を持ってくことにしてる。あさりとか、牛肉とか。
ブツブツ文句いいながら、手早くステキに料理してくれるんだ。プロ級なの。


Mもダメか。
あーでも誰かとしゃべりながらご飯食べたいな。
で、「平日要員」である唯一のライター友達O田さんに電話する。

「O田さんO田さん、ご飯食べようよ、新宿までなら出てもいい」

もうパスタの湯は捨てる構えで。

「無理、俺いま北海道なんだよ、S木もいっしょに」

がくっ。そういえば言ってたなあ。
S木さんはフリーの編集者で、O田さんと同じく42歳で、
3人の女に7人の子ども産ませて、大変だ大変だって働いてる楽しい人だ。

「ここ数日、レジのお姉さんとインタビュー相手としか話をしてなくて。
プライベートがひとりぼっちなんだよ、滅入っちゃいそう」

「じゃあ北海道来れば。撮影でまわってるから、再来週の半ばまでいるよ。
来てくれれば手伝いを頼むよ、バイト代くらい出すよ」

きゃーっ、いくいく、ちょっと待ってね仕事確認する、……。

「ダメだあ、なんか飛び石みたいにぽつぽつインタビューが入ってる。
一泊だと航空券がもったいないしなあ」

「ご愁傷様、みやげにトドのカレーを買ってくよ」

そんなのいらないから早く帰ってきて。

というセリフを、友人には言えて、王子には言えない。間違っとるよな。


だって、うっとうしい、帰りたくない、って思われるのが一番こわいじゃない。

とりあえず、寝る前の30分くらいは顔が見られることもあるわけだし。
いっしょに暮らしてるなあ、っていう感じは、しないわけじゃないし。




湯布院の旅行はひさびさにゆっくり二人で過ごせて、ホント楽しかった。
あまり会えないから、話題なんかいっぱいあるもんね。

復路で羽田空港に到着したとたん、

「ごめんね」「今から? 遅くなるけど…」「待っててくれるなら」

なんて、私がトイレ行ってる間にどこかと途切れがちにヒソヒソ電話したあげく、
(最後のほうこっそり聞いてしまった、悪気はなかったの)

「ちょっと会社の人と飲むことになって……」と、そのままどっか行っちゃったけど、
で、夜中の3時すぎまで帰ってこなかったんだけど、

最近、本当にろくに帰ってこないのって、それって、あの、
ひょっとして今回の旅行は私への罪ほろぼしかなんかだったりする?


なんて、邪推はぎゅうぎゅうと押し込める。


クロだったとしても、どうせ私は許してしまう。
だったら、追求したってしょうがないと思いません?




携帯が鳴る。ショーコちゃん。

「ちょっと元気、ご飯食べた?」

「まだ」

「あんたねえ、元気だしなさい、明日にでも買いもの行こうよ、秋もの」

昼休みにかけてきてくれた。うれしい。ショーコちゃん、愛してる。

「ショーコちゃん、あのねえ、私ね、さびしいみたい」

「わかってる」

「さびしいよ」

「私だってさびしいわよ、ケースケのやつ、また出張なの。
ね、だから買いもの行こうよ、かわいいの買おう、女の子っぽいやつ」

「うん」

「あしたね」

「うん、ショーコちゃんもお仕事がんばって」


大鍋の湯が、ぐらぐら煮え立つ。パスタを入れる。
フライパンにはオリーブオイルとにんにく。香りが出たら、トマトをつぶす。

おなかが満たされると、気力が天から降ってくる。


ひとりだって、おいしいものはおいしくて、これでじゅうぶん、
私はまた元気にやっていける、という気がする。

明日になれば、ショーコちゃんとお買い物だ。
明後日には尊敬するデザイナーさんとこにインタビューに行ける。どきどき。


幸せじゃないか、じゅうぶん。


「こないだ、旅行の帰り、そのままどこに行ってたの?」

今なら聞ける気がするんだけど、王子様はもちろん、夜まで帰ってこない。


終わりの日まで、飛び跳ねる

 
東京に帰ってきたとたんに大きめの仕事がどどどと入りまして、
昨日の昼から飛び跳ねております。ぴょんぴょん。


某大物インテリアデザイナーにインタビューしたり
スピリチュアルな人の「チャクラがどうたら」という話を聞いたり
アーティストの撮影に立ち会ったり、相変わらず一貫性ナシ。


どれも楽しいので、疲れながらも気力はりんりん。


来週はひといきついて、地味に原稿を書く予定ですが、
再来週はますます関東を跳ねまわらなきゃ、なのです。 ぴょん♪




***




旅行について。

熊本の山々を、登山にならない程度に散策しました。
人間に飼い慣らされていない、跳ねっ返りの自然に触れると
五感がギューンと元気になります。体のどっかのチャンネルが開く感じ。

あ、あ、忘れてたこれ、こういうの足りなかった、私の日常に、と、
清新な何かがチャージされて、生きていたい、という気持ちが湧いてくる。


阿蘇も湯布院も霧がたれこめていて、王子に見せたかった山並みの
美しさは半減というところでした。

それでも王子はずいぶん喜んでくれて、よかったよかった。

とくに、草千里や、湯布院から別府へと山を越えるあたり。

山がまるごと放牧地になっているんですよね。
柵もなにもなくて、舗装された車道にまでトコトコと牛や馬が歩いてくる。
崖も坂道も、彼らはひょいひょい登っていきます。

のんきに牛や馬が草をはんでいるのを至近距離に見ながら
なだらかな九重の峰をドライブするのは、気持ちのいいものでした。

風に混じる牛のにおいって、いいよね。




***




湯布院は標高の高い山間の里なので、気温は東京より冷涼。

けれど昼には名残の蝉が、かよわく鳴いたりもしています。

散歩の途中、道の上でブブと最後の唸りをあげていた蝉が、
ふと震動をやめて、ひっそりとしたものに変わる瞬間に遭遇。

あなたの声を、私は聞いたかしら。

そっと拾い上げると、思ったよりずっと軽く、美しい身体をしていました。




お宿では、広大なお庭で、ヒーヒーヒリリリ、フルールー、と、
虫たちが夜通し鳴いておりました。
澄んだ声の重なりで空気の密度が上がる。常世ではないようです。


旅先で寝ると、いつか、すべてが終わったときのことを考えてしまいます。


すべてとは、目の前にある雑多な仕事や予定のことではなく。

重たくも愛すべき軛たちから解き放たれたあとのこと、
ほんのしばらくの同道の旅を終え、友人の顔も家族の姿も
同じような人の形へとぼやけ、模糊とした彼方に消えていったあとのこと。


愛したことも、憎んだことも、記憶という記憶、思い出と呼び執着した一切が
意味の垢を洗い流されて白い砂へと変わり、
指の間からサラサラと清らかにこぼれてゆくときのこと。


もう起きなくていい、目をさまさなくてもいい。
明日にも明後日にも、永遠に予定はないのだから――。


旅行をすると、そんな日のことを、なつかしく思い描きます。


そこまで生きてゆく。そこを目指して生きてゆく。

たくさんのものをかき集め、大口をあけて食らいながら。




まだまだやることは山積みなのだと、
旅行から帰った私は、心底ほっとしているのです。 ぴょんぴょん、と。


結婚記念日

 
今日は結婚記念日です☆ 同時多発テロと同じ日なのだ。


いや~、2年ももつとは思わなかった! すごいぞ!


ということで、王子様が旅行をプレゼントしてくださいました。
阿蘇山ドライブ、湯布院温泉の旅。


宿泊先は「庄屋の館」です。
本当は無量塔に泊まりたいんだけど、それはさすがに思い切れませんでした…。
目玉の飛び出る宿泊料金なのよね(それだけのことはあるのだが)。

まあ、それはいつか、懐に余裕ができてから、ってことで。
(でも懐に余裕ができたら女房なんかつれてこないよね。今が花かも)

でも庄屋の館もいいとこなんですよ。お風呂が広くって、全室が離れで。
帰ってきたらブログに書きます。自慢のためです、ええ、もちろん。


では、いってきます♪


結婚式に来てます

結婚式に来てます

 
友人の結婚式にきてます。すでに2回、泣きました。


結婚はめでたい、いいことです。
そう思ってます、離婚歴とかいろいろある私だけれども、
「よかったね、しあわせにね」っていう気分になれるだけで、人生の清涼剤だ!


何回やっても出てもいいもんよ、結婚式。
私は、披露宴は親族限定のうちわですませたけど、
出席するんだったら、派手なのがいいです。


どうせ虚構なんだから、派手に楽しく演出されてるほうがいい。
みんな笑顔で、幸せムードで、この瞬間が永遠に続くような錯覚を、
ファンタジーをちゃんと与えてくれる結婚式がいい。

現実まみれのディズニーランドだったら、金を落とそうとは思わないもん、
なんて、いじわるな言い方かしら。


しばらく結婚式の予定もないなあ。誰かあげてくれないかな。


抱きしめたい

 
二ヶ月に一度くらい、オールナイトカラオケでストレス発散をしあう
オケ友・K田氏(男)。

朝までふたりで歌っててもレパートリーが切れない貴重なこの友人は、
昼も夜も休日もおかまいなしの忙しすぎる職場で
モーレツSEをやっている壊れかけのサラリーマンです。


このあいだ久々に飲みにいったのですが、いつもより深く深くお疲れの様子。
仕事で疲れているときの、あの、疲れと充足が織りなす みっしりしたオーラとは
違うものを感じます。ストンと底の深い、疲弊の表情。

 「どうしたんですか、元気ないですね?」
 (↑K田氏のがだいぶ年上なので、一応私は敬語です)

 「いや、実はちょっと……いいかな、聞いてもらっても」


要約すると。
父親が難病に倒れ、毎週のように地元と東京を行き来している。
仕事はたまる一方で、考えもまとまらず、抑鬱の症状が出てきている。

家は家で、希望的な要素がまったく見あたらない病人の状況に、
母の精神状態はぎりぎり。おかしなことになってきている。

その上、多忙な職場ゆえ、有給をフルに使っている自分への
「無言の圧力」は膨らむばかり。針のむしろとはこのことかと感じる。
ということでした。


 「まあ、でも、仕事があるからまだ救われてるんだよね……。
 もしやることがなかったら、ずっと親のそばにいるだろうし、
 これからのことを想像してしまう。
 ちょっと、それは、きつい。忙しいことは有り難いと思ってるんだ、今は。」


きわめて流暢にするすると彼の口からこぼれでてくる言葉たち。
しかしその奥には、凝縮された「うつろな穴」が広がるばかり。

ただ、あいづちを打って、そうなんですか、それで? と、うながす。

不用意な言葉は、そのうつろな穴に吸い込まれていくだけだろうから、
私にはただ聞いてあげることしかできないのです。


 「正直、つらい。体力も限界。ゴールも見えない。
 でも、俺、長男だし、独身だし、全部、ひとりで、ちゃんと……」


そう言って酒をあおるK田さんを見てて、ふっと思ったんですよね。




抱きしめたいな。




恋愛感情とかフラッときたとか、そんなんじゃないですよ、断じて。あり得ん。

つらいよね、でもがんばってるよね、っていう、言葉にしたら陳腐なことを
真率に、正確に、一瞬で伝えられる手段が欲しかったんです。
その瞬間だけでも、ホッとゆるんだ気持ちにしてあげたかったんです。


でも、私はそうはしなかった。躊躇がありました。

K田さんとは、偶然、失恋の時期が重なって、
まったく噛み合わない未練たらたらの愚痴を勝手に言いあいながら
ふたりで号泣したこともあれば、ゲロ(失礼)の世話をしたこともさせたこともあるのに、
そこで手を伸ばすことはできなかった……。


K田さんが男友達だから? なにかを遠慮した? 王子のことを考えた?
異性の友人には、何かの壁がやっぱりあるんだろうか?


でも、なんだか、それは違う気がする。


その日から、折に触れ、そのことを思い出していましたが、
やっと今日、わかった気がしました。


日本人である私は、抱きしめて伝えることに慣れていないんです。

目の前でうなだれているのがK田さんじゃなくてミドリちゃん(仮)でも、
やっぱり抱きしめる手を引っ込めてしまうでしょう。
「抱きしめる」という行為を、性的な関わりのない人にも軽々となせる
欧米人のような感覚が私の中にはありません。




そこまで考えて、ゲイの友人を思い出しました。

今は彼が東京を離れたので音信が途絶えていますが、
もうね、実によく他人を抱きしめる人だったんですよ。

私が愚痴をこぼしがなら半泣きになっていると、ギュッと肩を抱いてくれました。
 「知性も精神性もないのに、感受性だけ人一倍。
 あんたみたいなのは社会から落伍するサダメよ、くだらない」
そんな毒舌とともに。

性的な要素のない抱擁は、あたたかくて、どこまでも甘えていいような、
少し心が軽くなるような、不思議な安らかさでした。


あの感覚を覚えているから、抱きしめたいと思ったんだろうな。
けれど、やっぱり、天性の資質として
私はまったくスキンシップフレンドリーなタイプじゃないし、
不用意に真似してぎこちなくなるようじゃ、それこそ勘違いされかねない。
そう思ってストップしちゃったんです、きっと。


それでも、抱擁って、便利な技術だと思います。

女友達なんて、それこそ、「あーよしよし、いい子だから、混乱しないで、ね」
って抱きしめてあげたい場面、いっぱいあるもの。

どうやって磨いていいのかは、わかんない技術なんですけども。


過去に書いた詩から



      舟唄



 滑り出した船の話をしよう
 遠くまで響く汽笛の話をしよう
 その向こうに続く白い道と
 そこを照らす太陽の話をしよう
 

 見知らぬ島にたどり着いたら
 帆を下げて 丘を歩こう
 まぶしい緑また緑を縫って
 摘み取った花はすべてあの人にあげよう
 

 その丘に小さな教会を建てよう
 日曜は皆で集い 祈って
 夜にはあまい葡萄酒を飲もう
 やがて手に手にカンテラを持ち
 暗い道を静かに帰ろう


 収穫の季節には
 穣る稲穂の少々を 酒に醸し
 あたたかな部屋で夜更かしをしたら
 あの人の側で穏やかに眠ろう


 やがて幾度かの春が風に混じったなら
 大きな帆をいっぱいに張って
 その島のすべてを後に
 実る畑を 美しい丘を
 愛する人を後にして


 滑り出した
 船の話をしよう
 遠くまで響く汽笛の話をしよう
 どこかへと続く白い道や
 そこを照らす太陽や
 いつか釣り上げる大きな魚や
 まだ見ぬ人の話をしよう







***


過去に書いた詩のなかで、自分で一番好きなものを再録してみました。
感想をいただけると嬉しいかな、なんとなく。
もう詩って書かなくなっちゃったから。


食べ放題の若さ

 
今日は3年ぶりくらいに弟に会って、夕飯をいっしょに食べました。


日本一ご立派と言われる大学を卒業しながら、
3年以上も親のスネをかじり倒して 「限りなくニートに近い就職浪人」を
していた弟がやっと就職を決定した、そのお祝い。

お互いに意外と忙しいので、前々から約束をして、やっと実現しました。


私は10年、弟は7年、同じ東京に住んでいながら、
こちらではずっとノーコンタクト。

会うといったら、実家に帰省する時期が2年に1回くらい重なるとか、
親類の結婚式で顔をあわせるとか、そのくらいのもんだったので、
弟のはっきりした顔の記憶って、高校生で途切れているんです。
さしむかいでの長い会話も、もう10年以上、してない。たぶん。


ひさびさに見たらヒゲなんか濃くて、体格ががっしりしてて、
おっさんになっててびっくりしました。もう27歳だもんなあ。


 「おう、ひさぶり、なに食べたい、おごっちゃるよ」

 「じゃ焼肉! 安い店でもいいから、食べ放題ちっくに。
  もしくは高めの食べ放題がいい♪」

 「・・・・・・」


見た目は老けても、まだまだ若いのう……… ( ̄▽ ̄;)


で、御苑にある食べ放題の焼肉店へ。奮発して一番高い和牛コース。


そしたらもう。


食べるわ食べるわ食べるわ
食べるわ食べるわ食べるわ
食べるわ食べるわ食べるわ


牛タンだけで何度おかわりしたことか。途中で数えるのやめました。
とろけるような霜降りロースや特上カルビに至っては、
水のように飲み下していきます。た、食べ放題でよかったー。


 「……すごいな~、男子の食欲ってのは!」

 「食べホで遠慮するってのは、邪道っしょ。
  2時間じゃ足りねえな。 ねえちゃん、もう食べないの?」

 「もうけっこうです。牛に憑かれて牛になりそう、これ以上食べると」

 「ま、そだね、
  ねえちゃんまえよりだいぶデブったからやめといたがいいな」

 「………△×◎?Ж!!!」

それが、それがご馳走してやってるほーにむかって言うセリフかあっ!?

 「もう食わないなら、その食べ残してるメシ、くれ」

そしてまだ食う。すげえ。




何年会わなくても、変わらないな、きょうだいは……。


普段は存在すら忘れてる弟だけど、
この距離感は親でも友人でも夫でもあり得ない、と、思ったのでした。

友人に、タレや肉やキムチの破片でべたべたになってる
食べ残しの米を 「くれ」 「はいよ」 って渡せないもんなあ。


やっと社会にでるんだね。
せいぜい苦労しやがれです。 おめでと!


ジュゴン

 
仕事がくそ忙しくて昨日から青息吐息。たまにこんなこともあります。


気分転換にブログ。外に出たいなあ……雨だけど。




日垣隆さんの有料メルマガ「ガッキィファイター9月6日号」に、
冥王星が惑星から外されたニュースを受けて
理科的な「分類」の意味を問う社説(?)が掲載されておりました。

その中に、
「イルカやクジラは同類ではなくすでに魚類だ、
同類と認めるのは水中に完全に同化していない
オットセイやカバが限度」(要約)

という内容の、面白い記述が出てきました。


なるほど……。


イルカ。
愛らしいけど、確かに犬や猫のようには思えないかな。

クジラ。
私が小学生のときは、赤い刺身を山盛りにした大皿が、
ごく普通に夕餉の食卓に載ってました。だから、完全に「魚」ですね。
スライス玉葱といっしょに食べてました。
「今日はタイを買うお金がないからクジラね」とか言われてたような。


アシカやオットセイやアザラシやセイウチは、
顔立ちがうちのビーグル犬に似てるから可愛く感じます。
ほら、ヒゲと鼻があるし。 ヒゲ、大事かも。


ほかに、水中に住んでて同族愛を感じられる動物、動物……。


と、考えてて、ふとある海棲哺乳類の姿を思い出したのです。




ジュゴン。




ずっと海中で生活してるけど、あれは仲間のような気がする。


気の弱そうな目、微笑みをたたえた口元、とってつけたようなゾウの鼻、
もっさい体躯、何を勘違いしたのか そこだけ魚チックな尻尾、
ヒレなのかなんなのかはっきりしてほしい、丸っこい手(前肢?)。


いま調べたら、70年近く寿命があって、17歳以上にならないと生殖できず、
数年に1度の妊娠で1頭ずつしか子を産まないんだって。
そのくせ肉は霜降りでとても美味なのだそう。絶滅したいとしか思えません。


そしてウィキベティアには
「系統的にはゾウやハイラックスと近縁である」 なんて書いてある。

ゾウはともかく、ハイラックスってあんた。どのへんがだよ。

「遊泳速度は時速3km」とも書いてある。 遅すぎだろ、それ!


つっこみどころ満載。
こんなのが人魚のモデルだなんて、アンデルセンも無念なことでしょう。

でもそこが哀れでかわいくてたまりません。


ジュゴンが郵便を持ってきてくれたら、お茶のいっぱいくらい出してあげよう。
ジュゴンが銀行の窓口にいたら、居眠りしてたって怒らない。
ジュゴンがタクシーの運転手だったら、派手に道を間違えるだろうな。
(でも、その分のお金を請求したりはしない気がする)
ジュゴンが私の後輩だったら、
「もう、しょうがないわねえ」とか言いながら面倒みてあげるんだ。


ジュゴンは仲間だなあ……。


(目が、顔の横じゃなくて前についてるからかも。
顔の横に目があるサメとかクジラって、意思の疎通がはかれなさそう)




こういう非生産的なことをぼんやり考えていると、
仕事にあてるべき時間たちが
かき氷を削るような勢いでガリガリと粉になり溶けていきます。


でも、やめられないんです。
お酒をやめるほうがはるかに簡単。どしたらいいんでしょ。


自転車泥棒

 
友人からメール。


「スーパーで買いもの中、
5分目を離しただけなのに自転車を盗まれた。カギは必須 (T_T)」


それで思い出した。


もう半年ほど (もっとかな?) まえになるが、
スーパーで買いものをしたあと、商品の入った袋をカゴにいれたまま
ちょっと自転車をとめてATMに寄ったことがあった。


用を済ませてもどってくると、食材のごたごたに詰め込まれた袋の中から、
ネギと徳用サラダオイルが消えていた。
このふたつは袋から飛び出す存在感を放っていたから、
あ、盗られた、とすぐにわかったのだ。


残されたイチゴジャムや白ワイン、ベーコンたちが所在なげであわれだ。


私なら白ワインとベーコンを拝借して一杯いくのではないかな。
それなのに、ネギとサラダオイル。

犯人の夕飯について想像するだけで3日くらいは楽しめたが、
自転車ごと盗られていたら ああ呑気ではいられなかったろう。


「かわいそうに。ちょっとの間でもカギはかけよう。私も気をつける」


しみじみとメールを送っておいた。

自転車から離れる際にはカギをかけ、荷物を持っていきましょう。


千円札は拾うな

 
「千円札は拾うな。」 (安田 佳生著、サンマーク出版)

こちらを読んでいて、くすくす笑ってしまいました。


本の内容ではなく、私の王子様に。


王子に出会ったころ、
彼が話していたことが、この本のそこここに出てきます。
(4年前になるかな、もちろんこの本および一連の安田本の出版前です)


「仕事が次々に集まってくるから、一時期はがむしゃらに残業してこなした。
でも今は残業をせずに定時で帰ることにしている。

そうすると、どうしたって終わらないから、
やり方を根本的に変えざるを得ないんだよね。
成長って、そういう、根本的な何かの変化なんだ」


「立場が変わったら、それまでのモデルはいったんリセット。
新しいモデルを試行錯誤しながら、自分を作りかえなきゃいけない」


「キャッシュフローを見れば、
本当に自分のためになる生活をしているかどうかわかる。
豊かさは貯金額だけじゃ計れない」


……みたいなことです。


実体験に基づいたエピソードに笑いを散りばめながらそう語る王子を、
出会った頃の若かりし私は、
尊敬いっぱいの熱っぽいまなざしで見つめたものでした(照)。


なんだか、懐かしくて、あったかい気持ちになっちゃったよ。
そんな気持ちにさせるための本じゃないのにね(笑)。


あのとき王子は、27歳だったな・・・・・・。今の私より、年下だ。
どうして、あんなことが言えたんだろう?

ごく普通の金融系サラリーマンである王子、
どちらかというと努力嫌いな、遊び人のあの人に。謎だ。でも脱帽。


思いがけないこんな飛躍も、読書の楽しみのひとつ。
「千円札は拾うな。」 は、青春の書です。




***


そんな王子も、来月で転職。

「ここにいても出世することが決まっているから、つまらない」

という退職理由は、上司と、階級的に王子に抜かれっぱなしだった
先輩たちの不興をかっているようだけれど、
それが王子にとってどれほど切実な悩みだったか、知っています。


甘やかされた環境の中でどんどん横着になっていく自分を、
井の中の蛙が、蛙のまんま、井戸から出られないほどに太っていく醜悪さを
自覚できた王子の、その決断が、やっぱり好きだ。


打たれ弱くて目先の幸せに弱い私なら、骨抜きになるまで甘えている。


王子のあらたなる門出と、そこで学ぶであろういろいろなことに乾杯。
刺激的な出会いがあるといいね。

私もうかうかしていられないなあ。
とりあえず、王子の嫌う「退屈な女」にはならないように頑張ろうっ!


御礼にかえて、by heart

 
今日はね (もう、昨日か)、 幸せないちにちでした。

「楽しかった、充実していた、有意義だった」というのは簡単だけど、
あえて「しあわせ」って言わせてほしい。

「しあわせ」っていうのは、「思いがけなさ」とセットになってないと
しあわせ感が薄いのよね。


期待通りの面と、思いがけなさとの案配が、
予想を裏切る形ですごーく絶妙でね、とても幸せでした。




私は、むかしむかしの高校生のとき、満員電車に乗ってて、

「ここにいるすべての人が、私とおんなじように考えたり感じたりしてる」

ってことに吐き気と感動を覚えて、
「で、なにができるの、わたし?」って思ったことがあったですよ。不遜なことに。




あのときの、気分が悪くなるくらい打ちのめされながらワクワクした感覚、
ひさびさに思い出しました。

うふふふ。
具体的なことよりも、こういった情動の方が大きい原動力になるんだ♪
(なんだそれ、ってガクーッとされそうだけど)




ありがと、ありがと、ありがとう。
みんなみーんな、必死で仕事して生きていてくれたおかげで、

私はこんなに元気で、しあわせな気分をいただけた。学べた。


「ふざけんな!」って言いたい方もいらっしゃるでしょうが、
まあまあ、待ってくださいよ。

いつか、落ち込んだときに、
「でも、俺は、家族や友人のほかに、
ワカシオっていう、超・どうでもいい他人のことまでをも、
いっしゅん最高にしあわせにしたんだ!」 って思い出せるかもしれないじゃない。

(石を投げられそうな自惚れたこと言いましたが、
酔っぱらいのタワゴトなのでご寛恕を)




申し訳なくも人を巻き込んだ3次会の帰り(…ごめんなさい)、
こうしてふらふらとブログを書いてます。 御礼にかえて。合掌。


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