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溺れるレッスン

  
 こんなはずではなかった。
 いつも同じ一文から始まる後悔の海を
 大きなストロークで泳ぐ 渡りきるために
 対岸は見えない そのことに少しだけ救われる のは 忘れたくないから
 伴走するなにものもない広さ 溺れてもきっと見つけられないから
 力尽きたらゆるやかに死ねばいい

 こんなはずではなかった。
 空は突きささるほど青く私の居場所は永久に
 失われる気がする せめで雨であれば
 案外に丈夫な筋肉を動員し 泳ぐ 泳ぎ続けるふと思う この水の深さは?
 底がなければ飲まれてしまうだろう、けれど足がついても きっと
 立ち止まってしまう
 にらむ目と単調な動作の繰り返しの中に考えるという行為を溶けこませる
 これ以上のフレーズが どうか私を 食い尽くしませんように

 帰ろう

 もう帰ろう 帰る 帰りたい、すべてが始まる前に
 水の揺れはやさしく原初のどこかへと一瞬だけ私を飛ばす
 そうしていつしかここが私の日常となる

 力尽きる一瞬、腕の力を抜く 足と腰を伸ばし仰向く
 抵抗をやめ たゆたうその視界にはただ
 空ばかりあきらかだ 直線の光 瞳が焼ける
 墓標すら立てられぬ水の寝床に身体は
 なにかの実験のようにゆっくりと沈みそして閃く 間違っていたのか!
 フラッシュする記憶に奪われる自由 なにを取り戻そうと私は 必死に

 口と鼻から海水を肺いっぱいに吸い込んで沈む沈む沈んでゆく
 鼻の奥がシクと痛む 太陽は水面のかなたへ滲み
 ほのぐらさが冷たく身体を包み込む 恐れない
 微笑みが顔の上を撫でる 水底の泥まであと少し ほら触れた
 苦く塩辛い水が腹の底にあふれ 咽せながら目を閉じる
 全器官が停止する ああ やっと休まるのか ずっと探していたよ


 ここがいい


 アラームはいつも通り7時にかけるから迎えにおいで
 平気な顔で水底からそっと手を振ろう
 飽きるまでここにいる 泳ぐことで目をそらすような
 無茶がきく年じゃない
 気に入ったなら魚になるよ 人である必要もないだろう? どうせまたすぐに
 発進する どこかへ 魚として? 人として? 鳥として?
 決めてはいないけれど「私として」 これだけは約束しよう

 待てる間は待っていて
 待てなくなったら行ってしまえばいい そうして私はひとつずつ自由になる
 知っているから、水底のあたたかさ 荒れる日も静かな場所 底に眠る貝を拾って
 作った首飾りはいつか誰かにあげよう
 笑顔で受け取ってくれる誰かに出会えたらあげよう
 今はまだ眩しすぎる太陽を見られる日が来たならば
 最初に駆けてきた誰かを「おおい」と呼び止めて
 こんなものしかありませんけど…、と

 その首にそっとかけてあげよう







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