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2006年11月

地味フィーバー

 
終わりました!
終わりました!
終わりました!

3回言っちゃったよ。抜けたのです、短い修羅場を~ららら~♪

先週の水~土と、今週の月~木。
ほとんど寝てない&風呂すら放棄しがちな日々でした。
短い期間だけど、ちょっぴりしんどかったあ!

さっき4日ぶりにおんもに出たらすっかり冬でさ、クラクラしちゃった。


これから「吾輩は主婦である」のDVDセットを見て
川上弘美の「真鶴」を読むのだ! うははは!

これが励みだったのよ。寝っ転がってやる! もう、ゴロゴロ読んでやる!

楽天ブックスのダンボールを開けるところから、わくわく楽しい。
うっふっふ。ミルクティーでもいれようっと。

あーでもお酒飲んじゃおっかなあ。どうしよっかなあ。うふうふふ。


変わり映えしません

 
月・火とクレイジーに忙しくて何も書くことがない。
腰と首の後ろと座骨が痛くて…。ハツラツとしてないですよ。

同じく修羅場の真っ最中にいる編集のIさんとメールしては
「いっしょにがんばりましょうね!」
「うん、こうなったらいっしょに死のう!」
と、励まし合ってさ。どーなんだかな、これも。


明日も忙しいですけど、だいじょぶ、すべて30日で終わるからさ。


数ヶ月前からの約束だったから日曜は外出したけど、
あれもまた間違いというか、痛かったよなあ…。


でも、まだ22時だからね! がんばる!


ロボコン

ロボコン

わかりにくいでしょうが、高専ロボコンにきてます。

これから準々決勝だ!

料理の効用

 
世間は休日だったよですが私は一日中鍵盤を叩いてました。
かちゃかちゃかちゃ。
晴れてたのかなんなのか、天気もよー知りません。

あーもう1時なのね。なんか早すぎるよ24時間。
ドラマ「24」ではあんなに盛りだくさんな24時間なのに。


あ、でもごはんはちゃんとしたもの食べてましたよ。
今日は小松菜の常夜なべ、アジのたたき、豆乳とニガリを煮て汲み豆腐。

昨日はタンドリーチキンを作ってオーブンで焼いて食べた。
明日葉と香菜のサラダ添え。

おとといはネギたっぷりの油淋鶏(ゆーりんちー)をつくって食べた。
チンゲンサイと貝柱のクリーム煮、ルッコラのサラダが副菜。


仕事が忙しいと外に出ないから、材料だけ王子に買ってきてもらって
気分転換にぐいぐい作ります。
料理ほど気分転換になるものはないんだもの。

とくにおとといなんて、油淋鶏だから。
紹興酒と生姜とにんにくで下味をつけて片栗粉をまぶした鶏肉が、油の中で
だんだんカリカリに色づいていくところ、見ていてウットリするほど楽しかった。
揚げ物はストレス解消になるですよ。
音もいいしね。ピチピチピチ、パチパチパチ、って。

揚げたての鶏肉に、タレ(みじん切りのネギと豆板醤と黒酢と醤油と
煮きった紹興酒とみじん切りの生姜)をじゅわっと。
熱いうちにハフハフって食べると、衣のガシガシ、ネギのしゃくしゃく、
肉のみっしり感、たくさんの食感で口のなかが賑やかで、
頭の中が、もうそれだけでいっぱいになる。歯から直接に脳に伝わる音楽。

忙しいときこそ、ちゃんと料理。ちゃんと食べる。すっごくリセットしますから。

タンドリーチキンもよかったなあ…ちょっと珍しいものにチャレンジすると
必死に取り組むから、頭の中が完全に切り替わって、さわやかで、いい。


王子がうまそうに集中して食べてる姿にまた癒されるしね。
うさぎにニンジンあげると、ぽりぽり食べててかわいくてなごむじゃない。
あんな感じがあるわね。
と、王子にいったら、俺でよければいくらでも、といって私のアジタタキを
ごそっと箸に載せて食ってしまった。しまった。


まあ、そんな地味で地味で地味な楽しみだけを支えに過ごした
勤労感謝の日でした。つまんない日記ですみませんデス。


鍵盤たたいてます

 
あー3時になっちゃう……明日が来ちゃう……。

もー昨日から脈絡のない単発仕事あれこれギュウ詰めされて、
ぐーんと忙しいですよ。11月末まで。

こんな急に無茶なスケジュールで仕事を入れられるあたりが、
ほんと、やすっぽい存在なんですけどね。
仕方ないからそれは、それでも仕事もらえて嬉しい私がいるから。

バナナケーキひとりで半分も食いやがって仕事おしつけて、Iさん(編集)の
面の皮って本当にいつもながらスゴイなあ。ていうか。

みんな簡単に失踪するのやめようよ。ね。残った人が困るんだよ。
Iさんとか私とかさ、困ってるんだよ。わかってる?
わかってねえから失踪するのか…。
ああ実名載せたい。載せたい載せたい載~せた~いな~♪
それくらいしてもいいような気~がす~るな~♪


でも大事な大事な大事な収入源だし。
Iさんの仕事は断らないって決めてるし。


専業主婦になってほしい、仕事やめてほしい、そして3食作ってほしい、
だいたいなんで俺ばっか家事やってるんだよ、逆に不公平じゃねえ?
いつからこうなったの? いつからですか? と、待ちかまえている王子には
「もう仕事いや~!」 なんて愚痴にも言えず、それがブレーキとなって
ガンガンがんばれる日々です。


ま、なんでもいいんですよ、本当は。


どんな内容でも、よっぽど人倫にもとるもの以外は、書ければ幸せだから。
エロでも。広告のコピーやあおり文でも。ラブレターの代筆でも。
結婚式のスピーチでも。おあしがいただけるならば。

まだライターやってることに慣れてないし稼いでないし。
書いていいってことが、奇跡みたいなことなんだから。


11月、あと1週間だもんね。がんばるぶいぶい。


バナーナ

バナーナ

電車に乗りつつ、携帯より投稿。

今朝バナナパウンドケーキを焼きました。ちょっと焦げた。

携帯ヘボカメラではまずそうですが、甘くてうまいよ。

砂糖は使ってません。でもがっつり甘い。
完熟バナナの「甘さの底力」をみる思いです。

これから打ち合わせの編集部にお届け。
みんなで食べるんだ〜♪

ショートソング

 

気づくとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで (枡野浩一)


集英社さんから文庫本が届きました。
歌人・枡野浩一氏の新刊「ショートソング(集英社文庫)」。
冒頭の歌は個人的にタイムリーで、何度もしみじみ読み返したものです。


「ショートソング」は、枡野氏の歌をはじめ、大勢の方たちの短歌が
あちこちに引用されているラブストーリー。
私が「枡野浩一のかんたん短歌blog」に投稿した歌も
ストーリーの中に一首採用されたので、謹呈をいただきました。
巻末に「若崎しおり」の名前とともに自分の歌が載っていて、うれしい。

私の投稿歌は、
「最後まで汚い嘘をつき続け きっとこの人あやまるつもり」
けっこう激越な場面で使われていました。
…確かに、激しい罵りの歌だなあ。何があったんだ、このときの自分。




ちなみにショートソングに引用されている短歌の中では

今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて(佐藤真由美)

という作品が好きでした。女にしか詠めない、論理の破綻のスゴミ。
まんま短歌にしている冷静さも好きだ。さらりと暗記できるし。


私はこういう発想がないから恋愛に弱いのだろうと思う。
「こんなめちゃくちゃは、美学に反する」なんて思っちゃう人は…負けるよね。

欲しいものは、欲しい。
と、なりふり構わなかったことなんて、私にも、あったかしら?


佐野洋子さんのエッセイで、三角関係になった友人の描写があります。

《「相手の女が出刃包丁持ち出して、男を寝かさないのよ。そういう最低の女
なのよ」
(中略)
「あなた、嫉妬しないの」
「それはあるわよ。でも私、そういう形でしっとをあらわすの知性の問題だと思う。
私の美学が許さない。電話がじゃんじゃんかかって来るの、ヒロシはわたしの
ものだって。人間にそんな権利ないはずよ。あの人を追いつめるだけよ」
  私理由はわからない。でも、ああみよちゃん、あなたの負けよ、出刃包丁が正
しい、あの人は私のものだって追いつめるのが正しい、たとえそれで男を失った
としてもその女が正しい、この正しいというのは正義というのではない。恋愛に
「権利」などという言葉を持ち出すみよちゃんの負けだ、と何かが私に教える。
(中略)人と人が生きるってもっと抜きさしならないところに追いつめられて追い
つめて、追いつめる自分の醜さに耐えて、あたふた楽な方に逃げようとする相
手のずるさを出刃包丁でさし殺すことではないのか。(中略)出刃包丁の女が、
たとえ倒れても、私はやはり出刃包丁の女が羨ましい。》

たぶん私は永遠に出刃包丁の女にはなれず、
キャラメルコーンを買うか妻と別れるかを迫ることもできず、
美学とやらで自制するうちに、こういう女たちに男をかっさらわれて、
歯がみする立場でありつづけるのだろうなあ…。

そんなことに思いをはせる短歌でした。キャラメルコーン。

これはもう、生まれつきなのでね。ひりひりするくらい、羨ましいよ。




***




朝から、友人ショーコちゃんと電話。
ショーコちゃんはOLで、でもいま入院中だからヒマしています。

…という事情はわかっちゃいるが、こちらのテンションの問題もあり。

無理してる自分の無理も自分だと思う自分も無理する自分(枡野浩一)

さっさと切り上げようとしたら、いつもの横柄な調子で(ショーコちゃんは
ドSな女王様気質なのだ)、切るなよ! と命令された。ううう。

「ありゃ? 若崎ちゃん、なんか落ち込んでる~?」
女王様は下僕の体調に鋭い。
「ちょっといろいろあって、自己分析→自己嫌悪の無限ループなのよ」
さらりと答えて話題を変えようとしたら、間髪を入れず絶妙なタイミングで、

「えっ、なんで? あんたってイイヤツじゃん!」

シンプルな一言に、絶句してしまった。

「バカみたいにくそまじめで、バカみたいに底抜けのお人好しで、
ホントにイイヤツだと思うわよ、あんたは。つまんないけど。
反省するなら、他に取り柄がないことを反省なさいッ!」

たたみかけられて、笑ってしまう。すごい。ショーコちゃん、君は完璧だ!

ショーコちゃんは、信じられないくらいイジワルで、イジワルを言わせたら
相手が一番言ってほしくないことを、ごく少々の材料から察知して
ズバン! とクリーンヒットさせちゃうのね。
男の子なんて、それですぐにボロ雑巾みたいになっちゃう。

でも、それを逆用すれば、理由なんか言わなくても本質を見抜いて、
ほんの一言の応酬でズバッと励ますこともできるんだ。

天性の才能だと思った。

「…ショーコちゃん、ありがとう。なんか今、無限ループを出られたよ」
「じゃ、なんか面白い話して。なかったら小説を朗読して! 退屈なの!」

お礼に、ウーマンリブ先生のストーリーを、小ネタまでもらさず細かく説明して
あげました。大いに笑ってくれて、よかったよかった。

ショーコ女王様が、今日の私の神さまです。あーもう涙が出たわ。


ちなみに昨日の神さまは、
ポストの上になぜか置かれていた1個のピーマンです。
無傷なのよ、これが。生で、ツヤツヤしてて、作りものみたいなのよ。
不可解さとピーマンのもつ「まぬけ」な磁場で、がっくり脱力。ちょっと笑えた。


予想はしてたけど

 
半年くらい前からつけはじめた基礎体温が、ずーっとめちゃくちゃです。

なんだこれ…。4年前は、こんなことなかったよ?? 体質、変わった?


産婦人科医はすぐに「じゃあ誘発剤を」なんて言うからパスで、
婦人科系の病気じゃないことだけ検査したあと、もと助産師で整体師の
セラピストの知り合いに電話。低温期しかありませんのですが……。

間髪をいれず 「仕事やめなさい。いっさい辞めなさい」
無体です。
「あんた子どもほしいんでしょう」
はい。
「頭つかってる仕事の女は排卵しにくいわよ、経験から言うけど。
ストレスじゃないならいいのよ、リラックスして楽しめる人とか、もともと子どもが
できやすい人は仕事してても大丈夫なの。あんたはどう、仕事、ストレス?」
あたりまえでしょ、そんなの。
「じゃ、辞めなさい。1日に1時間はゆるゆる散歩して、3食を自分で作って食べて。
身体の声だけを聞いて、のんびりしなさい。毎日、のんびりした気分?」
いいえ。ストレスと自己嫌悪に叩きのめされながらテンションの乱高下の中で
かろうじてギリギリ生きている、そんな感じがします。
「あのね、女の身体は考えるようにできてないの、やめなさいそういうの。
テレビも本もしばらく禁止。できない? 子どもいらないならいいのよ別に。
でも寿命短いと思うなあ今のままじゃ」
うくくく。"寝ていろと暮らしを知らぬ医者がいう" という川柳は、このことか。
「稼ぎなんかいいのよ、田舎に引っ込めば使うとこないわよ。東京は財布にも身体にも
よくありません。じゃ、仕事やめて3ヶ月して、まだ子どもできなくて基礎体温も
めちゃくちゃだったら、また連絡してちょうだい」

ガチャン。ツーツーツー。相変わらず一方的だ。でも趣旨はよくわかった。


わかったが、どうしようもない。


アロマセラピスタ☆(アロマセラピストをラテンガール風にしてみました)であり
身体に詳しいN子ちゃん、現実的な解決を相談させてくだされ。

他にもコメントとかメールとかで誰かに体験談をもらえるかなと期待してブログに
書いてみました。



ウーマンリブ先生

 
いいいいいそがしいいいいい。

今日、突然に舞い込んできた追加仕事がなんだかすごいぞ。
明日までに終わるのかな。スリリングだな。特急料金は有り難いけど。

ブログは逃避です。気分転換です。10分以内で書きます。うがー。


昨日は大人計画の「ウーマンリブ先生」を見に行きました。19:00開演。

宮藤官九郎の脚本でした。
温泉宿にカンヅメ中の、スランプまっただ中の女たらし官能小説家と、
隣室に泊まっているウーマンリブ文学賞選考委員との、ドタバタもの。

面白かったですよ~、もう最高☆☆☆
当日券、売ってました。土日、間に合う方は、ぜひどうぞ!

最初のうちは下ネタ小ネタの連続で、軽いタッチのギャグ芝居だったのに、
最後にいっきにサスペンス味をおびて、ゾッとさせながら幕をひく、
その案配にしびれました。2時間超なのに、ぜんぜん飽きなかった!
天才だなあ。すごいなあ。

劇中に 「どっかにセックス落ちてないかなあ」というセリフがあって、
かなりグッときました。どうやって思いつくんだろ、こんな表現。


古田新太と松尾スズキのふたりが主演です。すんごいファンなので、
ふたりが舞台に現れた瞬間、せきあげそうになる熱いものが。

いつもは本やテレビの向こう側にいる人たちなので、舞台を見るたび
「この人たちは、今の、この同時代を、本当に一緒に生きてるんだなあ。
私は幸せだなあ」 という感慨で胸がいっぱいになっちゃうの。


古田新太と松尾スズキの持っている、あの「色気」って、なんなんでしょうね。
お二人とも、持っている色気の種類は別ですが。

これ、男性に言っても、まったく賛同を得られないんですよ。
「なんで? どこに色気を感じるの? ただのおじさんでは?」 って。

でも女友達と話してると、「色っぽいよね!」と盛りあがるんですよー、
なんなんでしょう、あれは。女から見ればダイレクトな色気なんですが。

声もいいですよね。
松尾スズキの声、やわらかくて、かすかに甘えたような丸みがあって、
怒鳴るとか、張り上げるとかの行為が似合わない、力の抜けた感じがいい。
古田新太の声は、深みがあってツヤツヤしてて、「いいおとこ声」なんだよね。
お二人とも、いかにも舞台の人っぽい発声じゃないんだけど、
でもやっぱり「人に聞かれることを仕事にしている」声。魅力的です。

私は、声さえ好みならずーっと聞いていられるタイプなので、この芝居はとても
面白かったけれど、たとえつまらなくても問題無しでした。


堪能しました♪
次もぜったい行くぞー、大人計画!



バースデー

 
ご。よん。さん。に。……0時になったかな。なりましたね?


はぴばすで~わたし~♪


ということで、11月16日は誕生日です。ぱちぱちぱち。

言いたくないけど29歳になりました。半端な年齢ですわね。

28歳までは「20代です」って言えたけどさ~、
29歳で20代ですっていうのもちょっと図々しいような気がしちゃうわけで。

ネットアンケートとかでざっくり「20代」「30代」とかに分かれてると
「これ20代にマルしていいのかなあ、なんか年をごまかしてるみたいだなあ」
とか思っちゃう。


余談だけど王子との結婚前、アンケートで「未婚/既婚」って分かれてると
「確かに独身だけど私は結婚歴があるわけで……バツイチは果たして未婚?
未婚にマルしていいの? 『未』にひっかかるぅ!」 と、悩ましかったですよ。

「配偶者 有り/無し」だったら問題ないんだけどさ、未婚と既婚って表現には
「結婚は、お一人さま1回まで!」という脅迫を感じたわ…。


まあ、ちょっとニュアンスは違うんだけど、20代ですと言ってはいけない
気がする29歳になりました。
25歳のころから「32歳くらいですか?」と言われてきた超フケ顔なので
(いまは33~34歳くらいに見られます)、早く実年齢と見た目が合致してほしいと
切実に思っており、だから別に年を取ること自体は平気なんですけどね。


プレゼントには「優秀な浄水器」をリクエストして、王子に買ってもらいました。
天にも昇らんばかりに嬉しい☆嬉しい☆ 料理がおいしくなった☆☆


29歳の目標としては「子どもをうみます!」宣言しとこ♪


愛しの高校生

 
「聖☆高校生(せいんと☆こうこうせい)」(小池田マヤ/少年画報社)
というマンガがあります。現在、1~9巻が刊行中。

四コマなので発刊はスローペース。
もう6年も読み続けているわけですが、本気で「大好き、ぜひ読んで!」
と言える数少ないマンガです。

話は、高校生の成長モノ。

神保聖(じんぼひじり)くんというチビでひ弱で気が弱い高校生が
「ちんぽいじり~!」なんていじめられる話から始まり、
魅力的な大人の女である美術教師・美園先生と出会って変わり始め、
イメチェンを果たし、みるみる背が伸び、同級生との恋愛や破局や
決定的な決別があったり家出したりホストになったりヒモになって
ヘルス嬢と同居したり留年したり……なんじゃかんじゃと、マンガならではの
波瀾万丈ストーリーが展開します。

でも、不思議と、物語の主眼は、波瀾万丈のほうではなくて。

丁寧に描かれる聖の考えや思い、エキセントリックな登場人物たちが
「なぜ、そんな人間になってきたのか」という個人の歴史の重さも含めて、
「人間はどうしようもなく、人間関係のなかで生きている」
という事実そのものが、主役です。

つらいことがあると、聖はその環境ごと捨てて、逃げます。
でも、逃げても逃げても、自分が変わらない限り、地獄からは逃げられない。
どこまで行っても、人間と関わらなければ、人は生きていけないから。

愛され、傷つき、許され、あるいは許されず、受け入れられても無視されても、
愛する人を亡くしても、それに永遠に捕らわれたとしても、
逃げ出しても、それが死の間際でさえ、どうしようもなく人は人と関わってしまう。
その中で、少しずつ成長し、居場所を作るしか、生きるということは成り立ち得ない。

そんな作者の思いが、けっこうドギツイ下ネタとギャグの合間に
ぶちまけられている熱いマンガなのです。


もう、読んでて、「こりゃ…私のことだな」と、耳が痛い、心が痛い、
そんなシーンがたくさんありますよ。
「逃げるな聖! …でも私だって逃げる」 みたいなさ。


1~2巻の「普通さ」にめげず、とにかく5巻までは読んでみてほしい。


1~2巻までは、普通に面白い、軽いタッチの四コマでしかなかったのに、
4巻でスゴミを増し、5巻で人間関係が複雑化して物語が深くなり、
6巻から始まる「主要な登場人物の背景を追っていく」丁寧なストーリー展開に
「次、次を早く~! あ~なんで四コマなのよ単行本化が遅いっちゅーねん」と
ジャンキーに成り下がって今にいたります。

単なるスケベ教師として描かれていた美園先生が、なぜ
あんないやらしくて無意味なことを誰にでもするのか、
その背景がドラマチックに暴かれていく6巻からは一気読みです。


11月あたまに、やっとやっと、1年以上かけて、待望の9巻が出ました。
相変わらず、素晴らしいです。

とくに染みいったのは、私のお気に入りの「巨乳美女」で「ヘルス嬢」の
女子高生ジュンさんが聖に言うセリフ。

「まぁ最低なのはおまえもだけどな
…なぁ聖 白状しろよ
今日オレっちとあの女 どっち助けるか迷ったろ

ペコちゃんのこともそうだ おまえは
誰かのために何かをしてやりたくて
してやったと思いたくて八方美人で
あのコもあのコも みんなを助けたい

だから誰一人助けられず
なのにみんなを助けたかったのにと傷ついたふりで
助けられない己の力不足を認めない

偽善者以外のなんだというんだ?
…そんな奴に
助けて、なんて言えるか!?」


誰も助けられない八方美人の偽善者。 それは私のことなのだ…。
個人的に耳が痛い&心に刺さるベストな長セリフでした。


どうしようもなく、次が読みたい。次がラストの10巻!
聖のやぶれかぶれの成長譚がどう決着するのか、楽しみです。




*** *** ***




そだそだ。

こないだちょっと怖いこといわれたので、別の病院で検査してきました昨日。
長々しい待ち時間に耐えて(^^;

結果は良好、これで良性が確定です。だいじょぶだいじょぶ。

最初に病名を聞いたときは「そうか、これで死ぬのかあ…」という感じでした。
それでもいいかな、とは思ったんだけど。


でもだいじょぶ。元気。
私の感知しないところでひっそりがんばっている私の身体は、
「私」なんかよりずっと上等だ。
生きたいんだね。よしよし。私もがんばらにゃ。 という気分。


初夏までには完治させて、お遍路にいくんだ。
仏教徒なんだし、元気なうちに後生のための善を積まねばならぬ。
執持鈔にも「死の縁無量なり」とあることだし(執持鈔的に遍路は雑行だが)、
これだけは行かないと心残りになるから、急がなきゃ!


レッスン 01

 
   ほら あれだよ と
   指さしてあなたに教えたい
   日常のちりが削られては積もる
   息苦しい6車線道路を渡りながら あるいは
   とうに旬をすぎたほうれん草をゆでながら あるいは
   地下鉄の吊革に不安定につかまりながら あるいは
   ざらざらした雑音をまきちらす
   極彩色のテレビ番組でも見ながら

   そこに
   あるはずのない普段を掬って
   ほら これなのよ と
   つまびらかにしてあげれば あなたにも
   きっとわかる
   あなたのもてあます 私の
   日々の苛立ちの芯について
   それをはぐくむやるせなさについて
   やがてそれらの食い尽くす
   莫大な時間の糞について
   
   語り合うための語彙が私達には
   なんて少ないのだろう こうして いま
   弄しているふざけた比喩の数々や仕事の顛末または
   明日の天気、風邪の具合、それから…

   忘れ去るものについてだけ私達はいつも
   ひどく
   饒舌だ

   
   だから見せたい 指さして示したい
   ほら それなのよ と
   そうして私達ふたり

   顔を見合わせてふふふと笑って あるいは
   肩を竦めてやれやれという顔をして あるいは
   無言でしかめつらをしあって あるいは
   必死になって退治して
   
   はじめて
   語り合うために



暗示のしあわせ

 
今日の夕ご飯は、品数も少なく、質素に。


・牛肉と蓮根の小鍋仕立て。
 蓮根と肉と葱を、水と酒と黒胡椒だけで煮て鍋にし、芥子醤油で食べる。
 牛肉はいちど茹でこぼしてアクを抜くこと。

・いんげんの白黒ごま和え。

・むかごをゴマ油で炒ったもの。塩と七味で食べる。

・いくらおろし。昨日、漬けこんだいくらが残ってるから。
 三日に1回は、大根おろしを食べたくなる。


なんだか申し開きようもなく、酒飲みの食卓ですなあ。




唐突ですが、王子といっしょにご飯を食べる時間が好きです。


王子という人は私の一挙手一投足を細心の注意で見ている人で、
だから私はいつも安心の船の中でゆらゆら生活しているのだけれど、
それを一番感じるのが食卓だから。

箸の進み方、お酒の減り方、会話の間合い。

そういうものから、私の体調やこころの具合を、すごく的確に読んでくれる。
それがもう、「プロファイル」の域に達している感じ。
占い師でもやっていける、ってくらい、こわいように当たるんだよね。

注意深い観察をもって「俺はこの女をわかっている」と確信している伴侶。
というのは、ありがたいもんなのです。
男友達と遊んでも、勝手に旅行に行っても、王子が平然としているのは、
私を把握している自信があるからなんだと思う。


まあ、いっちゃえば、勘違いの一種です(笑)。
でも、勘違いの一種ながら、これがどんどん「本当」になっていく。


「おまえのことなんか、お見通しだぜ」 という暗示の圏内にガッチリ入ると、

どんなに状況が怪しくても「天に誓って潔白」ならば堂々としていられるし、
後ろ暗いことがあったら、たちまち行動がぎくしゃくしちゃうんです(泣)。

そういう私につくられてしまいました。
ホント、暗示だよ。わかってても、解けない。


王子と食卓につく以上は、浮気も無断借金も、私にはできません。
嘘をつくときの癖も、かなり細かく把握されてるし。
あのプロファイルをだましおおせる精神力は、どう考えても、私にはないなあ…。

(要員を適材適所に使って、適宜尻をたたくマネジメントが王子の本業。
これも磨いてきた能力なんでしょうか)


「俺はしおりちゃんを信頼しているからね」

王子がそういいながら私を自由にしているのは、
だから別に綺麗事でもなければ冷たい無関心なわけでもなく、
本心なのだ。と、私は思っています。

要するに、「見くびられている」わけですね。
恋愛関係における信頼って、そういうことなのかしら…。



ハレーション

 
ども。 みなさま、いい日曜をお過ごしでしょうか。


金曜は、郊外にある美大に行ってきました。インタビュー&撮影。

先週はね、雑誌の企画で、毎日のように、誰かにインタビューしていましたよ。
主に、その世界ではトップランナーの、クリエイターさん。ずっと憧れてた人たち。
「専門でもなんでもないこと」を聞きに行くせいか、リラックスしてくれて、
仕事のあとにおしゃべり大会になるのが、楽しくも有意義です。

行きつけのお店の話で盛りあがったりとか、
国内旅行で、いままで一番感激した場所はどこだとか、
宝物のコレクションをひとつひとつ丁寧な説明つきで見せてくれたりとか、
逆インタビューされちゃったりとか、

あげく、雑誌の連載企画を向こうが考えてくれるし
(誰に何を頼むと面白いよ、などと提案して、話をつけてくれたりする。
クリエイターは損得ぬきの人が多いです)、
誌面デザインのラフ画をサラサラと書いてくれるし(プロの映像作家が。お宝!)。


消化できないくらい盛りだくさんの情報に、
脳がオーバーヒートしかけてて、CPUフル回転、メモリの使いすぎ、
もう、血管が切れちゃいそうですよ。

怒濤の原稿書きラッシュが、今週のツケとしてどっかんと降ってくる、
そんな来週以降の不安を抜きにしても、


「楽しい、っていう状態は、ストレスの一種なんだ!!」 そんな発見をしたり。

毎日がハレの日々すぎて、頭の中がハレーション。


土日は家で原稿を書いて地味に過ごしたけど、それもまた充実してたし、
今の仕事、向いてないかもしれないって悩むことばかりだけど、やっぱり好きです。

そう思いました。



*** ***




ぜんぜん関係ないけど、本日、烏山のスーパーに、生すじこがあったんですよ。
ずっしり重い500g超のサイズで、590円。岩手産。秋鮭のめぐみね。

さっそく買って帰って、
熱い湯の中で揉んでほぐしてばらしてカスを掃除し、
日本酒と醤油と味醂に半日つけこんで、いくらの醤油漬けをこしらえました。

夕食にて、炊きたてごはんに合わせて賞味。
ねっとり濃厚、卵黄のかたまりのようにあぶらっぽいいくらと、
それを引き立てる香ばしい醤油の香り。ふんわりした酒の甘み。

うまいのうまくないのって、うまいんですよ、非常に!
「あと1杯、ごはん食べていい?」 体重を気にしてる王子をも駆り立てる悪魔の味。
いくらは自家製に限ります。


しかし、生すじこが、この量でこの値段ってことは、ホントに、
もう秋もたけなわなんですねえ。

小松菜と薄揚げの豆乳仕立て鍋とともにもりもり食べて、満足な日曜日でした。



落札

 
「ウーマンリブ先生」のチケット、ネットオークションで落札☆

こおどり! こおどりしてますよ今! 仕事の合間に!


うっかりプレオーダーに何日か気づかないうちに、当然ながら、
あっさり売り切れちゃってて。大人計画ですものね。
も、焦った。泣いた。しかし!

ネットバンザイですよ。どんなに忙しくても睡眠不足でも、行くぜ!


松尾スズキさえ出ていれば、どんな映画でも舞台でも行くし、
写真が載っていれば本だって買う。
どこが好きって、顔。あと、たたずまい。要するに、見た目のファンです。
内容、二の次。ファンとはそんなものさ。


王子には「松尾スズキの顔が好き」って言えないんですけどね、
似てなさすぎて。

なんか、なんとなく、似てない人だと「好き」っていいにくい。 なんとなく。
そういうの、ないですか?

ヨン様ファンのマダムたちは、よくもまあ、あっけらかんとファンできるよなあ、
ぜんぜん似ていない亭主の前で。なんかこう、後ろ暗くないですか?


サチコとマンドリンは一緒に好きになってもいいんですか?
(by中川いさみの、確か「くまのプー太郎」)



笑って許して

 
王子が家のダイニングテーブルに忘れていったソフトケースの煙草から、
茶色いカスがボロボロと飛び出して散っている。

「なんだ、煙草が中で折れたのか?」 と思って、トントン叩いて粉を出し、
ところどころ破れたヨレヨレの煙草を一本取り出してみると……うっ。

「タ×××、ラヴ♡」 「LOVE♡♡♡」 (タ×××は王子の本名)

などなど、ごっていねいにも、1本1本に、ボールペンで書かれとる。
女の子っぽい、丸字にて。 ラヴの「ヴ」が若いなあ。


キャバクラなどには行かない人だから、後輩だかなんなんだか、
知らぬ間にいたずらされたのでしょう。

王子は気づかず忘れていって、メッセージ発見できず。
私は私で、今日に限って煙草に触り、見たくもないのに、うっかり発見。

偶然が重なっちゃったからには、お気の毒ですが、こんな煙草は丸めてポイだ。


なんてことない、ほほえましいエピソードなんだけどね。

いかんともしがたくスキの多い男ではあることよ。



愚痴ガス爆発!

 
なーんであんなふうに、人が「いやがるだろう」とわかりきったことを
チクリと一言、伝えなきゃ気が済まない人がいるんだろうねー。

女の知り合いなんだけど、メール見たり、会ったりするたび
チクリと胸にくる、イヤーな気分になる箇所が、必ずひとつはある人がいて。


「なぜ、わざわざ?」 いつもそう思う。 今日もキレそうになった。


人がいい気分になるだろうことは、わざわざ言っていいと思うよ。
でも、「むかっ」とすることを (しかも鋭い指摘でもなんでもない、
ホントどーでもいい、相手を下に『落とす』以外の目的がなさそうなことを)
わざわざ言わなきゃいけない品性、これいかに?

ムカツキつつも面と向かって問いたださないのは、
「なぜあなたは、こんな、どう考えても人が愉快になるはずのないことを
わざわざ書いて(言って)くるのですか?」 と聞いても、
今までの彼女のパターンからして、
「悪気はないのよ、ごめーん」 …なんて言われるに決まってるからですわ。
100万円、賭ける。も、120%言うね、悪気はないの、って。ヤツの口癖だもん。


悪気はない? ウソつけ!
確かに「すごく傷つけるつもりはない」 のでしょうが、でもね、
「こんなこと言われて、いい気分になる人はいないだろうなあ」
という程度の予想は、バカでもなきゃ当然できるわけで、

なのに書いちゃう、言っちゃう、ってことは、……それ、じゅうぶんに悪意だよ!


悪気はないのよ、という言葉に込められている、
「笑いながらちょっと厳しいとこ突いちゃうのは、私ならではのキャラ。
私なら許されるでしょ、えへ☆」
みたいな含意を目の前でチラつかせられたら、かーっ、多分、殴ってしまうので、
黙して無視するばかりなり。
「あなたは特別でもなんでもない、人よりちょっと感性の劣った嫌われ者ですよ」
そう言いたくてたまんないよ。言わないけどね。

浅はか極まりないくせに、こういうヤツに限って、自分のこと頭イイとか
けっこう気を使うタイプとか思ってるからタチが悪いっつーかなんつーか。


優しいばかりの人とつき合いたいわけじゃない。
私は、人を意図的に傷つけるからには、覚悟をもっておきたいよ。
意識のどこかでしっかり「そんなつもり」でありながら、そこは見ないことにして
「そんなつもりじゃなかったのに」なんて思いこめる神経は醜い。

嫌われる覚悟、罵倒しかえされる覚悟、10倍傷つけ返される覚悟。
許されることではないのだから、せめて、罰をうける覚悟を。

その手のナイフを振るったが最後、軽く斬りつけるにしろ、深く刺すにしろ、
笑って許される話など、どこにもないんだからね?



ザルい女

 
神経が細やかでなく、不用意な発言が多く、気が利かず、
人の名前の覚えが悪く、何においても統一感をあまり気にせず、
仕事にどうにもケアレスミスが多く、ファイリングに美しさがなく、
週に一度は人のドギモを抜くようなウッカリをやらかし、
けっこう大きなことも「…ま、いいか」とガンガン流すことができ、
自他の欠点に異様に寛大(鈍感)で、清潔に対しての基準が甘い。


そんな人のことを、私は「ザルい」と呼んでいます。
神経が、目の粗いザル。そんなニュアンス。

O型って、なんかザルい。とか使うわけ。
(ちなみにちょっと前まで「ムダムダしい」という言葉がマイブームしてました)


で、私は、もう年季の入った、押しも押されもせぬ、ザルい女です。


一見そうは見えないことが今まで大勢の良識人の失望を呼び、
その溜め息で取引先のある新橋・神田界隈のガラスがすべて曇った。

という伝説ができそうなほど、
ほんともう、いかんともしがたく、ザルい。ちなみにO型。
関係ないか。王子もO型だけど、しっかりもんだし、生活IQ高いしな……。


ザルい私には、まず、忘れ物、ものわすれ、うっかりが多いのです。
小学校から今まで、記憶に残っているものを振り返るだけでも、

公園からの帰り道、よちよち歩きの弟をどっかに忘れて帰宅。
入園式に連れて行くべき弟をどっかに忘れて登園。
祖母の家に行く途中、まだ日本語の不自由な幼い弟をバスに以下略。(※補足1)

なくした傘の数とそれによって失った小遣い、プライスレス。
傘を差すことに注力するあまり、カバンやランドセルを家に忘れて登校。
朝シャワーを浴びたあと、パンツをはき忘れて登校。
ギャグのように遠足日を勘違いしてランドセルで登校。トラウマに。
祖母の家の裏庭で火遊びをしてうっかり小屋を焼く。全焼。
テスト開始後に筆記用具一式を忘れたことに気づくこと数十回。
スクールバスに乗り込むのに必死で、バス乗り場にカバンや弁当など
すべて置き去りにすること数十回。
美術を選択したことを忘れ、普通に音楽室に出席し授業を数回受ける。
放送室でスイッチを入れたまま教師の悪口を言う。呼び出し。

鍋を火にかけていることを忘れて別の部屋で仕事し、ボヤっぽいものを出す。
あまりに暑かったため深い考えもなく釣船から海に飛び込み、
すごい勢いで流されてうっかり走馬燈を見る。
終電を逃して泊めていただいた上ベッドを譲ってくださった紳士で清白な憧れの
男性(現王子)の家に、ブラジャーを置き忘れる(←外して寝るなよ。くつろぎすぎ)。
友人の披露宴にて、記帳時にご祝儀を渡し忘れたことに帰りの電車で気づく。
車の鍵を閉めた後、鍵を鍵穴にぶらさげっぱなしにしてお出かけ。
家の鍵を閉めた後、鍵を鍵穴にぶらさげっぱなしにしてお出かけ(←おととい)。

などと、枚挙にいとまがないのでこのくらいで勘弁してやりますが、
一応ね、ちゃんとしなきゃちゃんとしなきゃ、と思って注意はしてるわけよ。

でも、どうもその注意の仕方すら、神経質な友人K田くんなどから見ると、
「ザルすぎて悲しくなる…」のだそうです。わからんけど私には。


よくしたもので、友人には、ザルい人、少ないのです。
いつのまにか世話女房タイプで脇をがっちり固める感じの人間関係に。
例外は「網すらないザル」Mくんくらいだろう。

中学高校はTちゃんというしっかりものに移動教室だの忘れ物だのの
お世話をすべてまかせ(※補足2)、

結婚しては王子に日常生活の管理をまるなげしているわけです。
私のやる家事といったら、材料費を考えないダンチューな夕飯を
好き勝手にこさえることくらい。


これじゃいかん。いかんよ。
王子に捨てられたら、生活無能力者がひとり取り残されることになってしまう。


来年こそ、しっかり主婦になるんだ! と、鍵を鍵穴にさしっぱにした失敗で
落ち込んでいる私は、昨夜、王子にしっかりもののコツをききました。

「そうじゃのう。まずは初級者向けに、ゴミ捨てをしなさい。
何曜日が何ゴミの日かを把握する、そこからしっかり主婦の道は始まるのじゃ。
うっかりすると1週間臭い思いをするから効果覿面じゃぞ」(※補足3)

と、語尾はウソだけど、具体的アドバイスをいただき、なるほど。

「じゃあ協力してね、私が忘れても王子がゴミ捨てちゃわないでよ、
あと『今日は燃えるゴミだよ!』とかいちいち指示しちゃダメだからね」

というと、

「……それは難しいのじゃ。
わしは臭いものはキライだし、つい口を出してしまうのじゃ」

だそうで、それ、なんも効果ないじゃん!

身の回りをしっかり者で固める癖(本能)が
私のザルさを助長しているのか。なるほどそうか。そうなのか。

「というより、わしは、しおりに会ってから、なぜか更にしっかりものへと
変わってしまったのじゃ。えらいもんもらってもうたのう……」

おお、福音!
全国のザルい諸君、まず「よりザルい人の世話をする」ところから。ですよ!


…でも難しいよね、同族嫌悪的に、あんま合わないんだもん、ザルい人って。
(※補足4)






*** *** ***




※補足1
当然、このあと親に半殺しにされました。
私のザルさの被害にもっともあっているのは、幼少期においては弟でしょう。

ちなみにこの弟、
ひとり暮らしの部屋はいつもぴしーっと片付いているし
試験でケアレスなミスをしたことがない注意深い人なんだけど、
「限りなくニートに近い就職浪人」としてバイトもサークルも勉強もせずに
ただ無駄に大学に7年間も在籍し親のスネをかじりつづけるなど、
私よりタチの悪い種類のザルさ有り。


※補足2
Tちゃんは私の分まで美術道具や筆記具の準備をしていた天性の長女。

ちなみにTちゃんはバスケ部の花形選手であり、
私は女子バスケ部のマネージャーであり、
お世話のベクトル逆だろ! と周囲にさんざん突っ込まれてました。

しっかり者のTちゃんは、現在大手企業のバリキャリ営業です。


※補足3
ひとり暮らしの時はどうしていたのかというと、マンションのゴミ捨て場に
好きなときに捨てていい物件を選んで住んでいたのです。
これもザルいなりの知恵なり。ザル知恵。


※補足4
しわしわのシャツを着ている男やカップ麺ばかり食べている男を見て
「まあ、不憫。私がお世話して守ってあげたい♡」
などと思うような精神の動きが昔から皆目わかりませんでした。
「こういう男には近寄らないようにしよう。むしろ見なかったことにしよう」
としか思わないもん。

王子のひとり暮らしの部屋にいったとき、片付いている美しい部屋
(洗剤や電球やペーパー類の買い置きまでしていた)にクラクラ来たのは、

そして、
「女って、うちでコーヒーを出すと、飲んだあとに洗おうとするんだよ、
俺の台所を勝手に触ることを、どうして『礼儀正しい』と思いこめるんだろう。
押しつけがましい母性的な女ほどタチの悪いものはない、
その点、若崎さんは動かないところがよろしい」 と言われて
「これはもう、この人しかない!」と思ったのは、

やはり「選んでいる」んでしょうな。 私も王子も。



予定どおり

予定どおり


高野豆腐をたくさん煮て、もりもり食べた! おいしかった!

地味な一日、地味な写真。

連休ほしいな

 
昨日は河口湖に行きましたが、おとといも今日も、ふつうに朝から晩まで仕事。

曜日感覚が、だんだんなくなってきますね。
王子が横にいるので、あ、休日か、と思うくらいで。

ほんとは王子と一緒に遊びたいですよ。
時間がないのは、仕事の要領が悪すぎるからなんだよなあ……。


今日の楽しみは、鍋いっぱい高野豆腐を煮ること。

お箸の先でフルフルふるえる、やわらかくって滋味深い高野豆腐。
甘さ控えめの薄味に煮て、あたたかいうちに食べるのが好き。

たっぷり含まれたおつゆが主役……と見せかけて、
実はがっしり大豆の風味がするという、なかなかのクセモノ。大好物です。


仕事が終わったら、むしゃむしゃ食べてやる。

さ、もうひとがんばりだ!



河口湖

河口湖

 
こないだから「秋が終わっちゃうよ!」とだだをこね続けた
甲斐あって、河口湖に連れてきてもらいました。

紅葉してますよ〜、軽井沢と同じく、紅じゃなくて黄色だけど。

王子に感謝。
ロープウェイ乗るんだ♪

「うざい」問題

 
「うざい」と言われて傷つきますか?
私は、うーん、とくに傷つきません。


しょっぱなからこんな出だしで、なんだか問題提起でもしているみたいですが、
そんなんじゃありませんよ、いつも通りのおきらく日記ですからご安心を。


もちろん、顔をゆがめて、軽蔑と悪意満々で、
三日間ひっかかってたタンを吐き捨てるような、もう存在を殺す! という勢いで
「うざっ!」
と言われたら、イヤな気持ちしますよ。そりゃもう。がちょーん、と。

でも、そんな調子で言われる言葉って、「うざっ」じゃなくてもさ、
たとえば「天才!」「最高!」「しょうゆ!」「サバ!」「クサヤ!」「電卓!」
とかでも傷つくと思うのね。言わないだろうけど。

言葉以上の、こめられた悪意ビームにに傷つくわけだから。

なので、そういう「死ねと同義の言葉」としての「うざい」は置いといて。

「あんたって、ちょーうざー」とか「そういうの、うざい」とか
「なんか、うざーい」とか、そういう、テンション的には会話調、って感じの
文脈の中で「うざい」が出てきても、私はわりと平気、という話です。


でもね、長野→群馬出身の王子や、東北出身のNちゃんは、かなり致命的に、
ものっすごく傷つくんだって。
うざい、という単語は、全否定だ、というのね。


なんでだろう。考えてて、ふと思い至った。
福岡(佐賀・長崎・大分)弁には、「うざい」としか訳せない、ある単語がある!

それは「しぇからしい!(せからしい、しからしい、しゃあしい)」であります。

もたもたメニューなど選んでいては 「しぇからしかったい、早よせんか!」
言い訳しては 「聞きとぉもない、しぇからしか~、もう!」
こみいった相談をしては 「しぇからしかこつ言うな!」
人生に悩んでは 「しぇからしかこつ考ゆんな!」
めそめそしては 「かーっ、もう、しぇからしかヤツたい!」

女言葉で直訳すると、

「早くしてよ、うざいわね!」
「聞きたくないわよ、ああ、うざい!」
「うざいこと言わないでちょうだい!」
「うざいのよ、そういう考え方って!」
「てゆーか、あんたって、うざい!」

関東人ならインポ(失礼)になりそうなセリフを、
まだ 「うざい」 という単語の開発されるはるか以前、物心つくまえから、
親に、祖父母に、兄弟に、友人に、日常会話の一貫として、
言われて言われまくって育つのが15年前までの福岡人のデフォルトでした。

いままで「面倒くさい」と標準語訳されがちだった「しぇからしい」ですが、
そしてそういう意味に取れる用例もあるにはあるんですが、
(←たとえば、試験や、頼まれごとなど、事件を評するときは「めんどい」と同じ)

こと対人に使う場合、「面倒だ」 などという上品な響きはなかった、と、私は思う。

もっと「切り捨て御免、問答無用、しぇからしいヤツに人権なし」という
憎々しい捨て台詞でした。
弁解の入る余地のない、忌々しさ100%の評価なのです。

(余談ですが、私は上京して何に感動したって
「東京の大人たちってなんて優しいんだろう」と感動した。
うわべだけだと言う人もいるが、全員が全員とぶつかり稽古のような
つき合いをするわけでなし、人間、うわべがすべてだろうよ)

よって、

「うざい、という言葉のない時代に福岡(など九州北部)で育った大人は
"うざい"という言葉に強い」

という仮説を立てているのですが、いかがでしょうか。

逆に言えばですね、もし 「"うざい"には傷つく」 という20代なかば以上の
福岡(など九州北部)人がいたら、今度から、
「あれはつまり "しぇからしい" と同義なんだ……」 と思ってください。

きっと、心の負担が軽くなるはずです。

(ただし「うざい」という言葉と悪意とを明確に結びつけて育った
「うざい」に「解釈の必要がない」20代前半以下の世代には無効)




こんなこと書いたのは、ですね。

30代なかば以上の人は、あまり会話中「うざい」って聞かないでしょ?

でも、私の年代は、ちょうど「うざい」過渡期でね、
しっくり馴染む言葉ではないけど、「心ざまの浅い人」 との会話には
けっこうな確率で頻出する単語なわけです。

だからなのか、友人と話してて、俎上に載りやすい。
「25歳以上なのに "うざい" を多様する人ってバカっぽいね (ホントにね☆)」
「でも言われるとドキリとする」「実は気にする」 なんていうふうに。

人に向かって軽々しく「うざい」なんて(評価を含んだ)言葉を言えるヤツは、
ろくな人間じゃないですよ。下の下の下郎です。
「しぇからしい」の持っている、伝統の練り上げてきた民族的美学が
「うざい」の背後にあるわけでなし。

若者しか使わないってとこがまた、下品なトンガリを与えるよね。
これが老若男女が普通に使うレベルの単語にまで上り詰めたら、
「うざい」の持っている排他感は、ものすごーく薄れると思うけど。

で、これが自分の子どもだったら半殺しにして身体に教えこむわけですが、
そうもいかない圧倒的に多い場面においては、
だましだまし、下品なバカとの摩擦を極小に留めつつ、
無駄に傷つくエネルギーを回避していくのが実践的な大人の態度なわけで。

上記の「しぇからしか」訳は、私なりの自己防衛法でもあったのかな、と。
九州北部で育った大人限定に対してしか参考にならないけどさ。

最善策は「そういう下品バカとはつきあわない」だけど、
そうもいかないとき、あるもんねえ。

「うざい」程度に傷つくなよ。という意見もあるでしょうが、
そこはほら、やわいからさ、私も。友人たちも。見逃してくだされ。




素敵なプラン

 
もうすぐ私の誕生日なので、昨日、王子様がいろいろとプランの候補を
話してくれました。

9月の結婚記念日を、お金をかけて(←退職金)温泉旅館で盛大に
お祝いしたから、誕生日は、贅沢めのワインを買って家でディナー、
とかでいいんだけど。私は。

王子は少年期に刷り込まれたトレンデーなドラマの影響か、
とにかく記念日はがんばろうとする人なのです。

気にしないでいいよ、と言っても
「そんなことしたら、しおりちゃんが出て行っちゃう」 などと失礼なことを言うので、
今年もきっとお金をかけるつもりなんだろな。うーん。家計が……。

でもね、家計が逼迫するとか、「いいよ~、そんなの」とか言いつつも、
いっしょけんめ考えてくれてるっていうこと自体が、なんとも。


うれしい。


いま思い出したけど、王子には、私があげたプレゼントやチョコに限って、
箱・袋・リボン・テープ・緩衝材まで取っておく習慣があるのです。

邪魔だ捨てろと言っても、ぜったいに捨てようとしないの。
(私はそんな外装はすぐ捨てますがね。10年後には相当な量になるぞ)

私と違って、「記念日」とか「プレゼント」というものを、本当に特別に
考えている人なんだろうな。
気軽に他人にプレゼントあげない人だし。 ありがたいことです。


本当にありがとう、って、どうして昨日ちゃんと言えなかったのかな、とか、
ちょっと落ち込んだりしながらも、今日はいちにち、しあわせな気持ち。
単純に出来てますね私も。


というわけで、ただのノロケでした。わはは。
いいじゃない、たまには ( ̄▽ ̄〃)♪



PEACE



     振り向きざまに切り捨てる
     その程度を切実と言い
     ゆれる 日々の曖昧な影のうち
 
     何のために答えが
     何のためにちからを
     もっと怒りを
     蓄積された愛を変換した贖いの
     貨幣のつれてきた疲弊を
 
     届く言葉を持って生まれてきた人なんて
     いるのだろうか
     わたしにはなにもない
     そんなもの なにも
 
     日常はきっと日常として
     そこにあっていい
     食べ物のように空気のように悪意のようにそこに
     やかましくあっていい と 思うのだけれど
 
     寂しいと思ってしまうのは
     強く硬く 媚びないなにかを持っているから
     頑ななこころを 守りたかったものを
     叩き斬った脆さ 大切なやさしさを
 
     もう
     誰も取ってこられないから
     どうせなら
     嘘 つかないで







ダウン 1101

 
とても平凡な願いの中で生きている。

1分でも早く、王子が家に帰ってきてくれるといい。
上機嫌でいてくれるといい。
料理がじょうずに仕上がるといい。
私の話に笑ってくれるといい。
お風呂がいい加減で湧いて、王子の疲れをほぐしてくれるといい。
物思いのない夜を、手を繋いでふたり眠っていられるといい。

大切な友人たちが、明日も健康であるといい。できることなら幸福であれ。
この本の結末が予想を超えてくれるといい。
明日は少しだけ要領よく仕事ができているといい。
本当は、こんなことだけを考えていられるといい。


ただ日々を生きるためだけに使われる小さな脳みそが
私の幸福のほとんどを左右する。なのに。


秋晴れの空が高く澄んでいることに気づいたとき。
通帳の残高が増えたとき。
風の中に花の香りを嗅ぎ当てたとき。
誰かにやさしく名前を呼ばれたとき。


身体の奥からつきあげてくるもの。
背筋を這い上がってくる悪寒に似た衝動。
「どこか。 どこでもいいから、ここではない、どこかへ」

名前も性別も大切な人々も、私のすべてを洗い流した世界が、
ひどく清潔なもののように思えて、胸が詰まる。


王子に、私の知る人たちすべてに祝福と笑顔を、という思いと、

ひとりでどこか……ここでさえなければどこだっていい、
遠い街へ、遠い国へ、知らない人たちの暮らしの隙間へと、
わずかなお金と時間をぬすむように飛んでいってしまうこととが、

どちらも本当の望みである、のは、どこにいる覚悟も定まらないからだ。


ひとりにして、一緒にいて、もっと負荷をかけて、あてにしないで、
まだ決めてない、生きていたい、私を覚えないで、でも思い出して。


一貫しないバランス曲芸。 私はいつも振り回す。大切な人たちを。


そうして、いつか復讐される。
王子に。仕事に。友人たちに。執着したすべてに。

わかっているのに。


深まる秋の中で

 
珍道中も一段落して、家で地味に鍵盤を叩く日々が
昨日今日と続いております。

ぐったり疲れていたはずなのに、帰ってくると外に出たくなる。
わがまま? 自覚あるわよそんなの。

大分も軽井沢も、山あいでの撮影と取材だったから、
空気の清さと景観は飛びっきりでさ。

ひさしぶりに季節を満喫できました。秋ほど光が透明な季節って、ないね。


大分の阿蘇外輪山は、秋というのにムンとする草いきれが
湿気と共に香り立っていました。 いさましいポテンシャルを感じる山。
活火山の熱気と、伏流水の豊かなうるおいが、陰陽のように絡みあう。

渦巻いている、崇高にして猥褻な、たくさんの生命の気配。
夏にはさぞかし手強い下生えたちが、
ギャングのように我が物顔で一面を覆い尽くすのでしょう。


軽井沢の森は大分よりも乾いているの。
ウィーンの森のように、さらっとした清潔な空気の肌触り。

とても静かなのだけど、耳をすますと、葉の降りしきる
さらさらさら……という音が、なにか、とても大切な内緒話たちのようで。
ひとつひとつはかそけき音たちが、連なり、重なり、山を満たす。
気づいてしまうともう耳からは追い出せない、それは神聖な音楽でした。


仕事? しましたとも!
インタビュー時間以外は、カメラマンの小坊主として走り回ってましたよ。

空き時間には栗のぬけがらやどんぐりを拾って歩きました。
たまに中身が入っていても、虫や小動物にあちこちを食いちらされています。
私の目につかないところで、いろんな命たちが元気なんだということが、
たいそう有り難いヒミツのように思えて、感動。

木の実を拾う途中、ふと腰をのばし、木々の高みを見上げてみる。
ケヤキの梢を見つめる感情の動きを 「ああこの気持ち」 とあらわした
梶井基次郎としばし一体になれること請け合い。

目を細める。ああこの気持ち。そうとしか言いようがないなあ……。


仕事以外の収穫は、
大切に味わうべき玄妙な季節が飛ぶように過ぎていってることを、
ひりひりとわかってしまったこと。

惜しむ気持ちが五感を摩擦し、ああもう、私だって飛び出したいよ、また。
深く濃く熟れてゆく秋の中へ。


11月の終わりに、京都か平泉に行こうかなと思っています。
もう紅葉が終わったあとに。
冬との境目を見極めに。



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