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折鶴




夜のタクシーが好きだ。窓外に奥行きを与える暗さが好きだ。
リアシートに深くもたれかかってサイドウィンドウにおでこをくっつけ、
横っ飛びに流れてゆくネオンサインをどうにか記憶しようと眺めるのが好きだ。

走るなら都会がいい。ほろ酔いの気分がいい。寒い季節のほうがいい。
雨が降っていると、もっといい。赤信号で車が止まる。濡れたアスファルトの
黒さに光のシミが明滅する。赤。紫。青。白。溶けあわないまま、にじむ。
ここは温かくて、雨も降り込まなくて、外はきらきらときれいで。安い天国みたい
だと思う。コーヒーが飲みたい気持ちを我慢する。

やがて小さな雑居ビルが折り重なる静かな通りに入る。街灯の頼りない光量の
連続。明かりの灯っていない、静まりかえった低いビルの群れは、羽を畳んだ
ままの折鶴が肩を寄せ合っているように見える。朝になればその羽を開いて昂然と
顔を上げ、人々を受け入れ、飼い慣らし、吐き出す健啖な鶴となるのだろう。
だが今はつぼんだ半製品の風情で、くたびれきった羽の裏を見せたまま、
暗くよどんだ何かに捕らわれて放心しているようだ。

やがて我が家が見える。平凡な住宅街のなかでひときわ平凡な建物。
今日も間違わずここにたどり着けたことを何かに深く感謝しながら息を吐く。
待っている人が安らかな寝息を立てているだろうことが、たいそうな秘密のように
思えてならない。

ただいま、を口の中だけでつぶやいてコートを振り捨てる。足音と水音に気を配る
不自由は身に余る幸福の象徴と知れ。飛び回る羽をたたんで、私もまた半製品の
折鶴に戻る。一日のうち唯一、明日のこと昨日のことを考える必要のない
限りなく優しい数時間に身を任せる刹那、どうかどうか、私。

すべて望んだことなのだという今のこの気持ちを、朝にも忘れていませんように。


  折られた鶴は
  飛び立とう と悶え苦しむ
  折られた鶴は
  戻ろう と悶え苦しむ
          (高野喜久雄詩集「折鶴」)


おやすみなさい。


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