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供花を

 
17年間、実家のガレージの前を通っていた人たちがいる。

通勤。通学。市立病院の前だから、通院やおみまいの人。
国道沿いの四つ角に建っているので、信号待ちの車からも
その姿が見えたかもしれない。


ガレージには犬がいた。ビーグル犬のラグ。
17年のいのちを、先日終えたばかり。


ラグの小屋の前に、母は元気なときの彼の写真を立てておいた。
市立病院につとめる看護婦や入院患者にかわいがられていた犬だから。
あの犬はどうしたのだろう、と気を揉むより前に、
彼らにもその死がひとめでわかるように。

写真の前で手を合わせている人影を、母は何度も目にした。


「お花を、供えさせてください」


実家のチャイムを鳴らしたのは、見知らぬ女のひと。
毎日のように、うちの前を通っていたという。

ラグがそこにいた17年のあいだに、その人は学校を卒業し、
勤めはじめ、伴侶と出会い、結婚して家庭を築いた。

「ラグちゃん、というんですね。はじめてお名前を知りました」

近頃は買いものにいく道すがらラグをかまうのが、
夫婦そろってのささやかな楽しみだったそうだ。

「あんまりかわいくて、うちも同じビーグル犬をかってしまったくらいです」

思わぬ縁で、やんちゃな子犬が夫婦の生活に加わった。


17年という、短くない時間。

ただ、犬らしく生き、天寿をまっとうしただけのラグ。
私の名付けた小さな犬。

通りすがりの人たちに、こんなに影響を与えていたなんて、
家族のだれも知らなかった。


ラグ。ラグ。
知らない人が花をくれたよ。
私が死んだら、見知らぬ人が花を供えてくれるかな。
よほど特殊な死に方でもしない限り、そんなの無理に決まっているよ。
あんたの人生には意味があったね。価値があったんだね。


少し、うらやましい。


母と女の人は、ラグの遺影の前で、少しのあいだ思い出話をして別れた。
名前も聞かないままに。


形式どおりではない静かな追悼式が、今もぽつりぽつりと、
実家のガレージでは営まれている。



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