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『太陽がイッパイいっぱい』

 
『太陽がイッパイいっぱい』(三羽省吾/文春文庫)

 大手パン工場で、ひたすらメロンパンを鉄板から剥がし続けるバイトをしたことがある。溶けた砂糖で鉄板にしがみついているパンをはがすのは単純な力仕事。1日中立ちっぱなしで、大声で交代を呼びかけなければトイレにも行けない。時間の感覚がなくなり、手は鉄板の熱と握力の低下でしびれ、絶え間なく吹き出す汗はあちこちに飛び散り(汚ねえな)、それはそれはつらかったのだが、腰と手首のスナップだけを使いつづける単純な行為には、頭の芯を真っ白にさせる麻薬的な快感が、あるにはあった。
 三流私立大学に通う主人公のイズミは、恋人のおねだりをきっかけに肉体労働のバイトを始め、解体屋「マルショウ解体」の構成員になる。パン工場など目ではない、ゴリゴリのガテン労働。汗を流して腹を空かせ、安酒をあおっては笑い合うアナログな生活は、大学生活を吹き飛ばすほど圧倒的なリアリティに満ちている。
 青春物語の特徴は、主人公がいかに成長するかが読みどころだ。大学生活を「損得勘定しか教えないクソバーチャルの世界」だと嫌悪し、将来のため復学を勧める一流企業の兄を《複雑でリアルではない世界の住人》と一蹴するイズミは、しかしハンパに休学中の大学生。解体屋での仕事と濃い面々とのつき合いを通して、ふたつの将来のどちらを選ぶのか。一貫して肉体労働者を弱者扱いすることもなければ美化することもない筆致は、どちらを選ぶにしても、それらが対等な選択肢であることを納得させてくれる。物語の後半、「ここにも居場所はないんだよ、大学生くん」とリアリティの世界からも肩を叩かれたあと、イズミが心に落としどころをつけていく過程は、モラトリアムにうんざりする学生にとって、ひとつの回答にもなるだろう。
 ちょっとした描写も楽しい。恋人同士に見えないカップルを《池上遼一の劇画に赤塚不二夫のキャラが出てきたときに感じる違和感》といい、立ち飲み屋でなんとなく輪にまざってきたオヤジを《相当な期間風呂に入っていないということ以外、なにひとつ素性のわからないおっちゃん》と表現し、行きつけ食堂の女の子が開いた美術展に出かけてウ~ンと唸っているマルショウの連中を《彼らにとってのゲージュツの秋とは、うんこを我慢するような顔をする季節なのだ》というような、皮肉とユーモアのきいた言い回しの妙にクスクス笑わされる。
 キャラクターの造形はマンガ的なまでにエッジが効いている。エネルギーのありあまったマッチョなチンピラのカン、引き締まった身体と精悍なマスクをもつくせに赤面症のクドウ、経営不振なマルショウを支えるヤクザあがりの親方、企業をリストラされ女房にも逃げられたハカセ。それぞれに退っ引きならない事情はあれど、物語は少しもしみったれることなく、ギラつくまぶしい太陽のもとで流す汗と、大阪弁の軽快なリズムに乗ってテンポよく展開していく。どこの世界に属したとて、日常とは、それぞれに解決のままならない問題を抱えた人間たちがシノギをする場所だ。考え込んで深刻ぶったとて、それが何の足しになるわけじゃないものな。そんな当たり前のことを自然と体得している登場人物たちの言動は、ときにバカバカしくも、清々しい。さわやかなガテン系青春物語である。


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05_ 映画・演劇・書評」カテゴリの記事

コメント

紹介文だけですっごい面白そう。
すぐ本屋へ行きたい気分、ありがとう。

>ドングリさん

うわあ、めっちゃうれしい!
うん、ドングリさんは好きそうな話ですよ。

「書評を書く練習を続けたほうがいい」と、尊敬する方から
アドバイスをもらったので、四苦八苦しながら訓練中なのです。
そういってもらえると、すごく励みになるなあ。ありがとう。
 

買ってきました。
家だとガーっと読んじゃうから、
通勤電車でゆっくり楽しみます。

本屋って特に目的もなく立ち寄って偶然面白い本に出会うのも
楽しいけど、欲しいものがあって本の山の中から目当てのものを
見つける宝探し感もワクワクして好き。
タイトルが目に入るとビクッとなる。

おおっ、買ってきましたか。なんだかうれしいなあ。

アマゾンは類似テーマの本をすすめてくれるとこが楽しい。
本屋は、ぜんぜん興味のなかったジャンルの本がふと目にとまって
ジャケ買いしちゃう、あの身体を使った出会いが楽しい。

タイトルが目に入ってびくっとなるの、わかります。
ちゃんと目がとまるんだよね。
 

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