« RHODIAと蒸しパン | トップページ | きんめらぶ »

「先輩」を食べられるか

 
お魚がおいしい季節だし、と、魚屋でなにげなく選んできた
型のいいメバル(奮発)を捌いているとき。

横でお皿を洗っていた王子がふとこんなことを言って、手元が思わずぎくりと
凍り付いてしまった。


「メバルって、40センチになるのに、30年以上かかるんだって」


30年……。

まな板のメバルを凝視したのち、手を洗い、タオルで拭き、
3階の仕事部屋にあがってメジャーを取ってくる。こいつ何センチだ。

計ってみると、27センチ。


「27センチだと何歳くらいなの」

「わかんないけど、7年くらいかけて20センチになるみたい。
そこからの成長が遅いんだって」


なるほど。でも、30年かけて40センチっていうことは、27センチのコイツは
確実に私より若いに違いない。そう思って、やっとホッとする。


ホッとして気づいた。
私は日頃、食材を「年下」だと、「後輩」だと思って食べているんだ。


米だって、キャベツだって、鳥だって、豚だって、数年たたずに「食べもの」になる恵み。

当たり前だよね。そうでなければ「育てる」ことがペイしないもの。
数十年寝かせたワインが目玉が飛び出るほど高価なように、
食べるまでに労力がかかりすぎてはパフォーマンスが悪すぎる。


でも、あの、ぎくりとした感じ。

釣り魚が1歳だろうが30歳だろうが、釣り上げる労力が同じである以上、
コストパフォーマンス的には「あり」であるはずなのに、
この魚が30歳だったら……と考えると厳粛な気持ちになってしまった。


長寿なものを簡単に食べることに、原始的なタブーを感じた、というか。
「薬食い」なんていう習慣は、平成を生きる私にはないはずなのに。

厳しい生存競争のなかで、何十年もの年月を戦ってきた戦士に対して、
「味」なんかに四の五のいうことは、何か許されないことのように感じられてしまう。

そして、その感情は、なんだかユニコーンやペガサスを食べることへの畏れにも
近いような気がするのね。


命は、パワーだ。
私は普段、「私よりパワーの小さいもの」として野菜や米や魚を食べているのに、
ふとそれをひっくり返されたような気がしてしまって、畏れたんだなあ。


という話を食卓で王子にしたら、

「しおりちゃんは、20センチで7歳のメバルと、40センチで30歳のメバルがいたら、
7歳のメバルを食べる方には抵抗感がないんだね」

「うん、20センチ7歳のメバルには心が揺れないね」

「じゃあさ、7歳の子どもと40歳の大人がおぼれていたとして、どっちかしか
助けられなかったら、どっちを助ける?」

「う・・・」

「どっち?」

「たぶん7歳のほう・・・」


うーん、我ながら何なんでしょうかね。
でも、食べる食べないで考えるのとは違う次元の問題のような気がする、それは。



« RHODIAと蒸しパン | トップページ | きんめらぶ »

2009年の日記」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/64666/45343486

この記事へのトラックバック一覧です: 「先輩」を食べられるか:

« RHODIAと蒸しパン | トップページ | きんめらぶ »

プロフィール

2016年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

オススメ



最近のトラックバック

カウンター

無料ブログはココログ