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2009年12月

Moneda Dura

 
キューバに、「Moneda Dura」という音楽グループがあります。

おととしキューバに旅行した帰り、ハバナ空港のCDコーナーで
オススメを聞いたら、色っぽい店員のおねえちゃんが、
「ダンゼン、Moneda Duraね。 とぉってもクールなんだから☆」
と、ヒット曲を口ずさみながらくねくねと踊ってくれたのが、
彼ら、MONEDA DURAを知ったきっかけです。

捨て身の(?)セールスに押されて、『Callejero』というアルバムを
購入して帰ってきました。


今となっては、おねえちゃん、ホントにありがとう!
フジファブリックや奥村愛子やHANAUMIと並んで、現在ドライブ中の
最多リピートCDになってます。


カラリと晴れた日にガンガンにかけると、助手席にいながら自然と身体が
揺れはじめるの。
ダンサブルってのとは違うんですけど、身体が動いちゃうリズムは、
さすがラテンだなあという感じ。
スペイン語なんで何言ってるんだかちっともわかりませんが、いいんです。


ラテンバンドにしては暑苦しくないというか、泥臭くなくて、
とってもポップでキャッチーなところがお気に入り。
ポップス歌謡っぽいものあり、ヒップホップ要素を入れた曲もあり、
面白いんですよね。ボーカルの声も色気ムンムンでグッときます。
「暑い国の音楽だなー」って感じ。

私はどんなジャンルの音楽でも、ポップさがあるものが好きなんだなと
このおかげで気がつきました。


YouTubeにも、いくつか上がってます。
こんなの とか、こんな感じ とか。

(う~ん、でも、私のお薦め曲は、上がってないんですけどねー。
てか、映像つきだと、あ、あつくるしぃーっ!!)


「おっ」と思った方は、HMVオンラインに『Callejero』あるので、
クリアな音源で、ぜひぜひ。捨て曲なしの、名アルバムですよ。

あんまり働くことが好きじゃない国の人たちだということは知ってるけど、
ちゃんとした新アルバムをまたリリースしてほしいなあ。



12/24 フジファブリックの志村正彦さんが29歳で急逝

 

どうして? どうして? どうして?


ご冥福をお祈りします、というのが大人の態度なのでしょうが、


まだ、まったく、まったく受け止められません。


もう新曲がきけないのかと思うと、全身がだるくなるような
喉にあつい砂がつまったような、なんともダメです。


志村さん。志村さん。志村さん。



そんな、メリークリスマス

 
1日10回くらい「仕事やめたい…」とつぶやく生活で、
不眠とか食欲不振とか反対に過食とかイライラ感とか微熱とかの症状が
ずんずん悪化してきちゃったので、

あーーーーもお、すべての仕事をいったん辞めよう!! やめやめっ!!

と、まずは、さる大口のコンスタントなお仕事を、
「そうはいっても、もったいねえよなあ」と思いつつ、背に腹は…の気持ちで
降板したら、霧が晴れるように気が軽くなりました。
うそみたい。ぴょんぴょん。


仕事そのものがイヤなんじゃなくて、あそこの仕事がイヤだったのかっ!
断ってはじめて気がついた。イヤだっていう自覚がなかったよ。
なんせ報酬がよかったから、ありがたいなーとしか思ってなかった……。


ストレスの渦中にある人ほど自分のストレスに自覚がない、という話を聞くたび
「んなバカな」と思ってたものですが、ホントです。


自己分析なんて、そんなにあてになるもんじゃないかもね。

まあ、あんまりそう思いすぎるのも、「自分探しの人」になりそうでアレですが。



生きてます。

 
ふつうに。生活しております。


なんだけど、仕事がものすごく忙しいってのと、
それなのにぜんぜん生きる気力が湧いてこないのとで、
ご無沙汰しています。


〆切を思うと胃がキュウってなる。
ブログ書くのって気力がいるんだなあ。。。


お台場!

お台場!


イベント取材でお台場です。


冬の観覧車って、ふしぎと好きだ。

 

上には上が。

 
足の小指を骨折というドジコ(ドジ+事故)につづいて

高熱を出して救急車にまで乗ったため、

「厄年だあ厄年だあ」と騒いでいた私ですが、


昨日電話した友人のアキちゃん(2歳上)が、


 「そういえば私、厄年のとき、3か月で4カ所を骨折したわ」


と、のたまったを聞いて、なんだかふっきれました。

厄年おそるべし。上には上がおりまする。


しかし、3か月で4カ所って…。
どういう状況でそーなるんだよ。

想像の斜め上をいつも超えていく我がフレンズ。すごいなあ。さすが!



来たな、厄年め…

 
そういえばねえ、今年の私、厄年でしたわ。


もともと、さんざんで33歳とか、しにで42歳とかいう、
あんな語呂合わせみたいなもん信じないですし、

仕事はかえって順調で、まったく波風のない一年だったもんですから、
さっぱりすっきり忘れておりました。


でも、いやおうなく思い出しましたよ。厄年。しかも大厄。


救急車に乗っちゃったんです・・・金曜の夜。

足の小指2箇所もヒビ入れたばっかなのにっっ!!(゚Д゚ )


金曜は、旧友のK田くんと大森で軽く飲んで22時に帰宅。
王子の帰りを待ちつつ録画してた「ブラタモリ」を見てたら、
突然ざざざざーっと音がするように血の気が引いてきて、
がくがくと震えが止まらなくなったのですよ。

なななに?? 食中毒?? 貧血??
と、思ったのだけど、吐き気も下痢もなし。
ひたすら震えと寒気が続き、手足が氷のように冷たくなったので、
熱めにわかしたお風呂に飛び込みました。

これが、まったくもって身体が温まらない。
湯船の温度設定を、普段なら煮えちゃうような高温にしても、
身体は芯から凍えたままで、しかもどんどん重くなっていくんです。

全力を振り絞って湯からあがり、厚着をしてふとんにもぐりこんだ
ところで、意識を失いました。


王子が帰宅したとき、私は40度以上の高熱にうなされ、
意識不明でぴくぴくケイレンしてたそうです。うひー。


で、救急車を呼ばれたわけ。
オレンジ色のマジックテープつきベルトで身体をぐるぐる拘束されたことと、
血圧計がなかなか取り付けられなかったことだけ、妙に覚えています。


そのまま大田区池上にある、入院設備のない小さな病院に
運び込まれたのですが、とても態度の悪い、とても若いお医者に、
とても不機嫌かつおざなりに質問され、
インフルエンザ検査で反応もでなかったことから、
「いちおタミフルあげるから、もう帰ったら」と、寒々しい受付に
放り出されただけでした。

受付にいろと言われても、体温40.8度で、とても座ってられない体調です。
椅子は無理なので、すみっこの固いベンチにほうほうのていで横になって
寒さに震えあえぎながら、精算する王子をじっと待つ。
そんな状態の私を、通り過ぎる医者も看護婦も気にもしないばかりか、
他に急患がいないからって、待合室の電気を次々消されてしまいました。

は、早く帰れってことですね。すみませんタクシーまだ来なくて!!

お医者様っておえらいんですねえ~。
意識はとびとびでしたが、神も仏もいないなあと思いました。
とりあえず、あの病院には二度といかない。


まる2日間、39度後半からまったく下がりませんでしたが、
3日目の現在、なんとか38度なかばまで下がってます。
いま、解熱剤を飲んで、お仕事してるとこ。
そしてブログで気分転換してるとこ。
(※現在のお仕事関係者で、このブログ知ってる人はいません)


インフルエンザじゃないし、原因不明なんですよね。
完治にはしばらくかかりそうです。とほほ。


これが厄年ってヤツか、逃げ切り間近の年の瀬にまとめてドーンとは、
なかなか厄もやるじゃないかと思った次第でした。


まあ、だらだら来るより、まとめて支払ったほうが気分的にはラクだから、
ちょうどいいかもしれません。このまま死んでもとくに悔いもないし。

あとね、王子が毎食、おいしくて消化のいいごはんを作ってくれることが、
ちょっとだけ役得♪
おいしーんだ、ささみのお粥とか、くたくた白菜と白身だんご鍋とか。
なんでもできる夫でよかった。



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