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2010年10月

方言問題

 
前の日記でとりあげた「かべちょろ」っていう言葉が、
どのあたりまで通用する方言なのかネットで漫然と調べていたら、

「まさか、これも方言!? 今の今まで方言だと思っていなかったよ!」

という問題が、ひとつ浮上いたしました。


 それは、 ゴハンを 「つぐ」 という言い方。


私は、ずっと、もう、生まれて三十うん年、上京して14年という間、
「ゴハンついでー」「ゴハンつごうかー?」というやりとりを、
何の疑問もなくしてきたのですがががっ。

どうも、全国共通の言い方ではないらしいじゃないですか!!


ゴハンは「よそう」のが標準語なの??


うえ~、もしそうだったら、「穴がほげる」「穴をほがす」っていう言い方が
方言だって知ったときと同じくらいのショックです!


ゴハンを、こう、茶碗にいれること、なんと言っていますか?




また余談:

 穴がほげるってなんじゃらほい、と思われた非福岡人の方へ。

 ・穴がほげる=穴があく
 ・穴をほがす=穴をあける

 …という意味なのですが、ちょっとニュアンス的な違いがありまして。

 福岡でも、穴があく/あけるという言い方を使うときもあるんです。

 たとえば、工作だのDIYなどで、ベニヤ板に錐なんかで穴を穿つときには、
 「ここに錐で穴をあけてー」っていいます。
 最初からデザインで穴があいている服だの建物だのアートワークに対しても、
 「穴のあけかたがカッコイイね」「穴があけてあるね」とかいいます。

 穴をほがす、ってのは、うーん、たとえば、うっかりセーターの縫い目に
 指をつっこんで広げてしまって、不細工な穴をこしらえてしまった、なんてときに、
 「あーあ、セーターに穴をほがしてしまった」と、いいます。
 まわりも、「あーあ、せっかくのセーターに穴をほがしてから」といいます。
 同じように、靴下の穴も、ジーンズの穴も、「ほげ」ます。

 地面がえぐれている場合なども、「そこ、穴がほげとるから、気をつけて」
 っていいますね。

 なんちゅーんでしょうね。
 機械的なキレイな穴じゃなくって、
 不細工に指でほじりとったような穴、
 スコップなんかでわしわしと無造作に地面に掘ったえぐれ、
 そういう、いわば有機的な穴に対して、
 ほげるとか、ほがすとか、ほげてるとか、使っていたように思います。

 なので、私が、いわゆる穴開き加工のジーンズをはいていて、福岡人に、
 「あんた、ジーンズに穴のほげとるやんね」と指摘された場合は、
 「ほげてるんじゃなくて、最初からあいてるの」と言い返すわけです。
 「ほげてるんじゃなくて、最初からほがしてあるの」とは、私の感覚では、言わない。


 ただ、これも、私たちの世代の、福岡県は久留米市限定の話ですけどね。

 方言って、使う人の世代とか微妙な地域差によって濃度が違いますので、
 機械で何かにスパっと穴をあけることも「ほがす」と言う年代や地域が
 あるかもしれません。



ドラえもんの手だ

 
このニュース、すごくないですか!?


何でもつかめて操作できる、新発想のロボット(動画)


また一歩ドラえもんが近づいてきましたねー!!(´∀`)

興奮しちゃったよ。


ドラえもんのひみつ道具で一番欲しいのは、なんといってもどこでもドア。
ドラえもん百科かなんかによると、64万円らしいし。意外に安いという…。
存在しさえすれば、即金で買えるのにぃ。


でも、実は、昔ほどドラえもん欲しくないの。

おとなになったから。SFはウソッパチだと知ってるから。妄想癖がなくなったから。
…とかいう理由じゃなくてね。


今はほら。 王子がいるから。


「ドラえもんが欲しい」っていう感情は、
くだらない失敗をしても、浅はかな見栄を張っても、決して見放さず、
「まったくもう、しょうがないなあ」ってやさしく許してくれる誰かに
そばにいてほしい、という、
人間の根源的なさみしさと、強くリンクしているんじゃないか。




そして余談:


Dscf0048


 私は、ヤモリ全般になんともいえない親しみを感じています。
 ヒョウモントカゲモドキという外国のしゃれたヤモリを溺愛していることからも
 わかるとおりです。

 いわゆるニホンヤモリのことを、実家あたりでは「かべちょろ」って言っていました。
 愛嬌があるんで、東京に来てからもムリヤリまわりに広めて、 
 かべちょろかべちょろと呼び続けています。

 (ちなみに私がぜんぜん草刈りをしないためか、現在の家の裏では
 かべちょろどもがのびのびと大繁殖、一大コロニーとなっています。
 なんせ私の背丈より高いヨウシュヤマゴボウが群生してるからね、
 せっまいスペースに。そりゃ生きやすかろうよ。)

 でね、こないだ、関西の子に「かべちょろ」って言ったら通じなくて、
 あれ、福岡だけの方言なのかな、大阪あたりでは使わないものなのかな……
 と思って、ちょっとググってましたら、、、おもいがけない発見が。

 かべちょろ、中国語では「壁虎」って書くらしいんですよ!
 すげーっ、かっこいい!

 しかし、ヤモリのあの平和的クリクリおめめと、半笑いの顔立ちの
 どのへんが「虎」なんであろうか。
 私の実感としては、どっちかというと壁小猫です。
 中国のヤモリは精悍なの? あ、トッケイヤモリのことなのかな?


 でも、いいね、壁虎! ひびきが素敵だ!
 短歌のサークルやってるんで、雅号で使っちゃお。


 ヤモリバカへの道、順調に驀進中。。。



鍾乳洞が宿命的にキッチュである件について

 
遅くなってしまいましたが、9月24日~25日に遊びにいった岐阜の
飛騨高山~郡上八幡旅行の続きをば。

今回のメインディッシュ「鍾乳洞」と「長良川の天然鮎」について書いておこうかと。


出発直前まで両日とも雨の予報だったので、今回は、
天候に関係なく楽しめる「鍾乳洞」をメインに旅程を練っていました。

どのくらいメインだったかというと、2日間で5カ所巡るつもりだったという。
バカでしょ。


ところが当日、東京を出たとたんに晴れてきちゃって、急きょ白川郷などを
まわったもんだから、結局、3カ所しか回れなかったの。鍾乳洞。

1泊旅行で3カ所も回れば充分なんだけども、鍾乳洞って、
「次こそはきっと何かステキな『異世界』が広がっているでは!?」みたいな
期待感を抱かせる場所ですので、
行けなかった美山鍾乳洞と郡上鍾乳洞には、ちょっと心を残しています。


白川郷の写真。

Dscf0730

まんが日本むかしばなしみたいで可愛い家の集落でしょ。
でも、内部はお決まりの、飲食店か旅館か土産物屋か。

なんだかなあー。

もっとこう、アトラクション的な、もしくは博物館的な、
心躍る何かに利用することって、できないんでしょうか。

この「ふーん、これだけか」感は、上京してはじめて渋谷に来たときに、
「えっ、、渋谷って、ショップと飲食店とクラブがあるだけ?
もっとこう、キラキラした楽しいことがたくさんある、祝祭的な街だと思ってたのに」
ってガッカリした気分に似ている。。。


(これだったら、合掌造りの古民家をそのまま移築してつくられた民族村
「飛騨の里」の方が面白かった。
ゆっくり落ち着いて見て回れるし、家の中ががらんどうで好きに探検できるし、
電飾がほとんどないから当時の屋内の暗さも追体験できる。
博物的な展示物も豊富で楽しい! 「飛騨の里」はオススメです。)


Dscf0751_2
(↑飛騨の里)


ああっ、また前哨戦というか余談でこんなに字数を取ってしまった!

なかなか本題にたどりつかないんで、白川郷についてはこれで切り上げよう。


で、鍾乳洞です。本題です。

今回は、飛騨大鍾乳洞、大滝鍾乳洞、縄文鍾乳洞をまわりました。


「鍾乳洞に行きたい!」
…その気持ちの7割は、グランドキャニオンを観に行く心情にも似た、
「自然の造形美を堪能したい」という欲求でしょう。

だけど、あとの3割には、さっきもちょっと書いたけど、

「何かステキな『異世界』が広がっているんじゃないか!?」

もっと言えば、

「地底人とまではいわないけど、正体不明の白い影とか、コウモリの大群とか、
体の透き通った不思議な虫とかが見られたり、
地獄まで続いていそうな深い穴から妙な歌が聞こえてきてフッと死に
誘われそうになったりとか、そういう、『あなたの知らない世界』的な、
『インディ・ジョーンズ』的な何かが待ってるんじゃないか!?」

という、多少、子どもっぽいというか、「いかがわしいもの見たさ」というか、
そういう心情も混ざっていると思うのですよ。


その非現実感が、つららみたいな石灰岩が垂れ下がってるだけの
ヒンヤリした穴ぼこに、特別なワクワク感を与えている…と、思うのね。


で。

鍾乳洞運営者のほうも、その、こちらの「すこし、ふしぎ」を求める気持ちに
最大限に応えようとするんでしょうね。
サービスしようと意気込んで、待ち構えてくださっているのですが……、


どうにも、それが的外れというか、
一言で言えば、おかしなことになってしまってるんですよ。


鍾乳石に、なんとかのビーナスとか、月の御殿とか、ローマ神殿とかいう
夢夢しい見立てを無理くりやってみたり、
それがどこでどう一周したのか、「さんごの乳房」「大宇宙人」とかいう
意味不明なネーミングに走りはじめたり、

おどろおどろしい人形を暗がりに配置してみたり (腰抜けるかと思った!)、

なぜか無駄に立派な「関羽」の大理石像が置いてあったり、

見上げるほどデカい男性シンボルの石像をわざわざ作って「子宝祈願」と
しめ縄を巻いてみたり、
石筍にエロい名前をつけてピンクに照らしてみたり……。


違う。
なんかもう、決定的に、違う。


我々が、少なくとも私が鍾乳洞に求めたい「すこし、ふしぎ」な異次元感は、
そういう方向じゃないんだ。
「聖痕を見たい」と思う種類の「いかがわしいもの見たさ」であって、
言うなれば、「神秘」への希求なんだ。


嗚呼、それなのに。


なんでこう、日本の観光地的サービス精神は秘宝館の方向
走ってしまうのか、残念でなりません。


大滝鍾乳洞の、鍾乳洞の中をドドドドドと爆音を立てて流れ落ちる巨大な瀑布なんて、
しびれるほどの感動ものなんですよ。
上方の、滝の起点は、鍾乳洞の闇に吸い込まれています。
奔騰な水の流れは、突如出現した何かの奇跡の顕現にしか見えません。
事実、どういうルートで膨大な水がここに集まっているのか、まだわかっていないそうです。

圧倒的な自然の神秘が、ここにある。
なのに、出口の駐車場には、なぜか激しく音程の狂った、ごっつい低音の、
歪んだナウシカが「らん、らんらららんらんんらん…」と、大音響で流れている。

子ども連れが多い → ジブリ、っていう回路はわかるんだけどさ……。

敬虔な気持ちを、前向きなサービス精神が、腰砕けなものへと、
台無しに台無しにしていくんですわ。誰にも悪意はないってのに。


鍾乳洞は、宿命的にキッチュである。


今回の旅行で得た、ちょっと悲しい結論だったりします。


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(長くなったので天然鮎の話はまた……。)



けっきょくバリへ。

 
来月の誕生日は、またバリ島に行くことになりました☆

去年は、ウブドとスミニャックでしたが、今年はサヌールとウブドです。


行ったことのない土地に行く魅力を打ち負かしたのは、
「もう1回、バリでアレやアレやアレが食べたい!」という抑えがたい欲求。

そう、バリ島は食べるものがうますぎるのです!!


ホテルのレストランはダメですよ。
「おいしいんだけど、つまんない味」のもんしか出てこない。万国共通で。

町に繰り出さないといけません。
ワルンと呼ばれる食堂のごはん、最高に美味しいんですよう。


バビグリンやナシアヤムなどの、ナシチャンプルたち。
あっさりした後引くミークア。 小腹がすいたときにすすりこむ優しいバッソ。

サテやアヤムゴレン、イカンゴレンをアテに呷る、真っ白く泡立つブルムの
かすかな酸味とさわやかな香りを思い出すだけで鳥肌が立つ。
(ブルムはブルムでも、持ち帰り不可の、レストランでしか飲めない生酒のほうね。
瓶で売ってるブルムは黒いし、甘すぎる紹興酒のような味で、まったく別モノ!)

おやつには、ヤシ砂糖をくるんだ餅菓子のクレポン。
ふっくらと甘じょっぱいコーヒーパン、ロティボーイも病みつきに。

夜食だったら、断然、 チョコとチーズ入りの焼きたてトゥランブラン!
辛党気分のときは、青唐辛子をかじりながら頬張るマルタバ!


(めんどうなんで、各食べ物の内容についてはグーグル先生まで質問を。)


去年、渡バリ前に、「バリのごはん、いまいちだよ」って友人に言われて、
心配しつつ行ったんだけど、もうもう、全然、すっごく美味しかった、なにもかも。

(その友人は、よくわからないものを口にしたくないからと、ナシゴレンばかり
食べていたそうで…保守的というか、もったいないようー。
だって、ナシゴレンは、バリ料理じゃなくて、たぶん「中華料理」です!
観光客向けのお店か、中華料理系ワルンにしか置いてないもん)


てことで、ただただ食、食、食のために! 今年もバリ。

あと1か月近くあるのに、今から胃袋グーグー、心ソワソワです♪



天狗の子、出たっ♪

 
『町でうわさの天狗の子』(岩本ナオ)、新刊(7巻)、出ましたね。

……出ましたねっ! キャー! (≧∀≦) ウヒョー



ああー、この日を何ヶ月待ったことかー!
私にとって、いま一番の萌えマンガ! 萌えって言葉きらいだけど!


ちょっと不思議なラブコメです。
高校生女子の「あるあるネタ」が満載の日常モノでありながら、
ヒロインが「天狗の子」ってことで、ファンタジー要素もほんのり入ってて、
それが物語にコクを与えてるんですよ。


恋愛にまつわるウジウジイライラが(…繊細な描写ともいう)、
もろに思春期! って感じなの。


男性ウケはよくないかもなあ。「どこが面白いの?」とか言われそう。
(とくに中高時代にイケてなかった男性にはわかってもらえなさそう…)

実際、うちに遊びに来た友人夫婦の夫のほう、これの1巻を読んで
「中身がない」って言ってたもんな。
(それを聞いた私の感想は、「こいつ貧しい精神生活してるなぁー」。
中身がないものを受け入れる余地ないって、どういう切羽詰まり方なんだ)


でも、女子とか、かつて女子だった人とか、女子になりたかったのに
あまり女子らしい青春を遅れなかった私のような偏屈モノは、
失われた思春期を求めて、汚れちまった悲しみを胸に、
しんみりしたり、にやにやしたりしながら、ぐんぐん読んじゃうと思いますよ。


もちろんヒーローの瞬ちゃんがカッコイイところが、なんといっても、
女性読者にとっては高ポイントなわけです。

かっこよくて頼りになる、そして俺様で無愛想な黒髪キャラは、
かつて 『ときめきトゥナイト』 の真壁くんにヨロメいた世代には、ぜったいに、
どまんなか!! ですよ!

瞬ちゃん、ステキ。 結婚してっ。



※おなじ作者の『雨無村役場産業課兼観光係』も大大大好きですが、
 こちらはぜんぜん萌えマンガじゃないんだな。

 ヒーローの銀ちゃん、とってもいいやつなんだけども、萌えではないのです。
 銀ちゃんみたいな、役場に勤める有能な社会人、普通にいそうなんだもん。
 
 萌えキャラには、やっぱ、ちょっとした「非日常感」というか、
 「いるわけねえだろこんなヤツ」感が必要だと思います。

 このクソつまんねえ現実ではない「どこか」に引っ張っていってくれる吸引力、
 それが萌えキャラの必要条件ってヤツではないでしょうか。

 巷に溢れている、あの、幼女テイストの「いわゆる萌えキャラ」だって、
 そうだもんね。


 ↑『雨無村~』説明:
 いちお少女マンガなのに、
 ヒーローはいいヤツだけど冴えない役場職員、
 ヒロインは無愛想なデブ、
 唯一の美人はあまり出番のない人妻だけ……という、
 けっこうマニアックな設定の恋愛マンガ。
 (絵柄がホンワカしてるから、設定はどうあれ、みんな可愛いんだけどね)
 そんな地味な道具立てなのに、細かいところで笑いのツボを突いてくるし、
 心理描写も巧みで、しみじみ後を引くという、おいしい和定食みたいなマンガ。




※余談2

 最近も毎月けっこうな金額をマンガにつぎ込んでいる生活なので、
 オススメをば何作か。

 『主に泣いてます』(東村アキコ)は、ホントに面白かったです。
 なにも考えずにゲラゲラ笑いたい方におすすめ。
 往年の岡田あーみんファンならテイストが合います。
 強烈な絵柄のせいか、しつこく思い出し笑いもできて、お得ですわよ。

 同じ作者の『ママはテンパリスト』、超有名なので今さらですが、
 これもまた最高。 腹から笑える育児マンガです。


  


 『百鬼夜行抄』(今市子)も、待望の新刊が出ました!
 相変わらずの完成度。絵も怪奇モノに向いてるなー。
 百鬼夜行抄に先に出逢ってしまっていたので、『夏目友人帳』が
 屁のようにしか思えず。てか、あそこまで設定似てていいんかな。

 設定パクるんなら、元ネタより面白くなきゃダメ、もしくは違う土俵の
 面白さを切り開いていかなきゃダメ! と、若崎倫理委員会は
 勝手に採決を出しております。
 たとえば『B.B.Joker』が出たとき、「あー、『× ―ペケ―』の手法ね」って
 思ったけど、「言葉遊び」の分野で突き抜けて面白くなっていったから、
 気にならなくなったもんね。
 『ベルセルク』だって、もろ『グイン・サーガ』っぽかったけど、
 あれはあれで別次元のグロな面白さがあるから楽しめるわけで。

 あとは、えー、友人にすすめられて、さそうあきら作品を一気読み。
 『トトの世界』とか『さよなら群青』とか『マエストロ』とか……。
 じゅうぶん面白いんですけど、すみません、私の口には合いませんでした。
 でも、好きな人がいるのも、わかります。
 たぶん少女マンガに免疫がない人(おもに男性)のほうが、ハマれるかな。
 少女マンガって、心理描写とか、表情の描き分けとかが繊細なので、
 私はあのくらいじゃあ「うーん、深いねえ」とか思えなくて、逆につらくなる。 


 とまあ、マンガの話は書こうと思ったらえんえんと書けます。
 毎月50冊は買ってるんですよ。
 そんで、9割は二度と読まないであろうものばかり、右から左に、
 ブックオフへと流れて行ってます。

 しみじみ思うけど、amazonのレビュー、アテにならないなあ。
 食べログがアテにならないのと同じ程度に!



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